11/05/02 16:33:07.35 nTPrYnz2
>>919
なんかイマイチ分からんのだが
①が教義的にまちがいなのは同意するが、親鸞会では、少なくとも俺がいたときはすでに
お茶を濁して教えてた。
大命終わらんとしてケク交々至るは五悪段と解釈されることもあるが、一応は経文だし
蓮如上人は臨終にはこの世のすべてはあてにならず不安の後生へと入っていかなければならない
だから、後生の一大事ということをこころに留めよと言っている。
生を前提としたこの世の事を差し置いて、早く新人欠場ということあれということは
つまりは、臨終に後悔するなということで、
明言は避けていたが、この後悔を地獄に例えて教えていたように記憶するぞ
蓮如の言葉には地獄という言葉がでるきわどい文章もあるが、真宗門徒は額面通りうけとらず
その前後関係から、その意図をうけとるだろ
同じように多くの会員は、深い御心でよいように解釈していると思うが。
つまりさして、会員の心に響かない批判であると思う。
②は事実だが、明言はさけている。
感極まった時や金が必要なときだけ使われる。
③についても、真宗の教えとしては罪悪の思想はある
悪人が正客で、親鸞のための本願であったということは、教義的に自分が悪人であるという自覚は必ず出てくると思う。
ただ、善悪の目盛の基準が、一定ではないところが多々あるから混乱を招いているだけのような気がするが。
あと、成仏って具体的になんなのかの説明が知りたいわけだが。
仏になりたいと、世間の人は普通おもわんぞ。餓死願望にすら聞こえる。