10/11/04 17:24:51 X48R3uVh
もう役目を終えたかと思ったが、まだ必要なようだ・・w
3:神も仏も名無しさん
10/11/05 00:11:08 i6+Oc7R4
さあ、スレも新しくなったことだし、そろそろ、アホ隠居がまた
バカ言って盛り上げてくれるかな?www
セブンが退屈して、哲板で遊んでいたぞw
隠居、ファイト~~~
4:神も仏も名無しさん
10/11/05 09:59:04 Yj6zVSs3
前スレ654
信仰なら認める、と誰が書いた?
支持するためには信仰するしかないという限界を
自覚し、客観的事実だ論理的科学的に妥当だ等と言い張ったりしない。
それが空気を読むということだ。
これなしでは隠居と同じになってしまう。
自制心の無い教祖や隠居は議論に参加するべきではない。
しばらく、休め。隠居には内省の時間が必要だ。
5:神も仏も名無しさん
10/11/06 20:12:11 jk3F1aes
Journal@rchiveって凄いな・・w
URLリンク(www.journalarchive.jst.go.jp)
6:神も仏も名無しさん
10/11/06 20:17:55 uf5GTfJK
議論出来るようなもんは仏教でもなんでもねえよ。
7:神も仏も名無しさん
10/11/06 20:21:52 eOE3XKrd
ダライラマ来日してるんだな
8:神も仏も名無しさん
10/11/06 22:48:26 ppz9ht6e
隠居さんはもう議論には完全に負けている
本人がアホウ過ぎてそれに気付いていない
とりあえず何遍もレスすればいいというものではない
負けは負け 素直に退場しなさい
9:神も仏も名無しさん
10/11/08 10:49:06 3q2Lf9AO
>>8
ムリムリ、私は彼はネットを止めて静養すべき類の人だと思う
10:神も仏も名無しさん
10/11/10 18:40:26 dD5oPDEB
深度1/3超えたようなんでカラッと揚げとくか
11:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/10 22:46:21 8B+z0vjS
スレリンク(psy板:462番)
>462
>違います。呼吸法とかプラーナは初心者の行です。
>仏教徒は止観によって悟ります。止とは精神集中、三昧をいいます。
>>486
>テーラワーダの呼吸法というのは意識を集中させるための方便ですよ。
>つまり、呼吸が問題なのではなく、意識を一点に集中させることが重要なのです。
呼吸法は初心者や方便ということではありませんよ。
意識の集中などというものは理論的にも、現実上そのままではできない。
要するに肉体の性質上、思考活動を続けることが脳の仕事なので、
そのままでは集中を持続することなどは絶対にできないもの。
自然と必ず思考の流出が起こり、そこへ意識(の焦点)が持っていかれることになる。
つまり、“思考を追いかけてしまう”ことになるのです。
途中でこれに気付いて止めようとしても、それも思考活動の所産ですから無理。
思考には思考を制御することはできないのです。
この一見すると不可能と見えることを制御する術(テクニック)が呼吸法なのです。
であるから、呼吸を制する者が世界を制する、ともいう。
呼吸法の技法を完全に修得すると、自ら心臓の鼓動(及び呼吸)すら停止させることも可能になります。
こうして肉体の稼動に使用されていたエネルギーすらも意識の集中へと注ぐことが可能となり、
普段、不可能であった100%の精神集中状態を得ることができるのです。
こうして、究極のサマーディ境に至るわけです。
その後に縁起観(順観/逆観)が必要だというなら、好きにすればいい。
その具体的な内容が不明ですが・・・(師からの口伝しかないということか?)。
12:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/10 22:47:37 8B+z0vjS
投稿忘れ
スレリンク(psy板:486番)
13:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/10 22:49:09 8B+z0vjS
スレリンク(psy板:500番)
>500
>ゴータマ・シッダールタはバラモンの環境の中で生まれ育ったのです。
>バラモンからの影響とクンダリニー・ヨーガの修習は【確実に行っていた】
>と私は解釈しています。
> - - -
>ゴータマ・シッダールタはクンダリニー・ヨーガの達人だったからこそ
>悲想悲悲想処よりも、もう一段上の、想も受も滅する状態、役目を果たす動きを止め、
>
>最高の楽のある阿羅漢の【想受滅(滅尽定)】に達することができたと
>私は考えています。
大部分、あなたのいう話については私は支持しますけれど・・・、
しかし、“ゴータマがクンダリニー・ヨーガの達人だった”という話には、やや疑問を感じます。
通常、正統な霊性修行においては意図的にクンダリニーに着手することなどはないであって、
ただそれは結果として、クンダリーニの正しい上昇とチャクラの覚醒が起こるというものなのです。
どうもこの辺を取り違えて、順序逆に勘違いしている人が実に多いのです。
もちろん、意図的にそれらに着手する派はあります(自滅的な破壊行為にて奨められない)。
また、これらの神秘性(驚異的な霊性の促成として)を煽ることで信徒を獲得しようとする
怪しげな自称グルらも徘徊しています。
けれども、
ゴータマがそうであったなどとは考え難いことだと思います。
14:神も仏も名無しさん
10/11/11 21:56:10 ETIIvHHt
ブイツーソリューションから出てるバーガヴァタ・プラーナ下巻の後書きによると、
インドの聖典・宗教研究をしたミューラーは、
意図的に意味を矮小化したり貶める訳語を用いたりしたそうな。
当時のインド学の裏にはイギリスの意図もあったらしい。
と、いうわけでギーターは紀元前三世紀から二世紀に成立したのではなく、
五千年前にクリシュナが説いたそのままかもしれない。
アーリア侵入(侵略)説は誤りかもしれない。
大乗仏典は釈迦の直説かもしれない。
後代の成立とする研究は元は西洋の陰謀に端を発するかもしれない。
なんつったって、西洋はキリスト教と唯物論の国々なんだから。
獲物にしたい相手の宗教を解体するために学問を利用するかもしれない。
そのために、大乗は捏造扱いされ、パーリはパーリで唯物論化させる研究が出てきた。
イエス・キリストが説いた輪廻説をキリスト教から削除した人々なんだから、
仕方ないね。
目的のためには自分たちの霊性や信仰すら歪めてきた文明だから何をやっても不思議ではない。
・・・と、このように考えられないだろうか。
宝珠さん。
15:?
10/11/12 06:17:29 /xvluWTN
>>11 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ
> この一見すると不可能と見えることを制御する術(テクニック)が呼吸法なのです。
> こうして肉体の稼動に使用されていたエネルギーすらも
> 意識の集中へと注ぐことが可能となり、
> 普段、不可能であった100%の精神集中状態を得ることができるのです。
> こうして、究極のサマーディ境に至るわけです。
↑ レス、ありがとう、ございます
↓ おすすめの書籍 ↓
釈尊の呼吸法―大安般守意経に学ぶ 村木 弘昌 (著)
16:?
10/11/12 06:37:26 /xvluWTN
>>13 宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk 様へ
> 通常、正統な霊性修行においては意図的に
> クンダリニーに着手することなどはないであって、
> ただそれは結果として、
> クンダリーニの正しい上昇とチャクラの覚醒が起こるというものなのです。
> どうもこの辺を取り違えて、順序逆に勘違いしている人が実に多いのです。
> もちろん、意図的にそれらに着手する派はあります
これは、あくまでも【 私、個人の仮説 】ですが ↓
ゴータマ・シッダールタは、チャクラ覚醒の為に
◎呼吸法
◎瞑想
◎クンダリニー・ヨーガ
◎三十七道品(三十七菩提分法)
◎心修習
◎智慧修習
などの修習を行って
そして、ついに
阿羅漢果に到達できた
と考えています
17:?
10/11/12 06:44:18 /xvluWTN
これは、あくまでも【 私、個人の仮説 】ですが ↓
【 阿羅漢果に到達する為には 】
【 チャクラの覚醒は必須である 】
と考えています
18:?
10/11/12 07:03:46 /xvluWTN
☆ ウィキペディア参照 ☆
唯識思想の特色
仏教の中心教義である無常・無我を体得するために、
インド古来の修行方法であるヨーガをより洗練した
瑜伽行(瞑想)から得られた智を教義の面から支えた思想体系である。
①心の動きを分類して、八識を立てる。
とりわけ、末那識と阿頼耶識は深層心理として無意識の分野に初めて注目した。
②自らと、自らが認知する外界のあり方を、三性(さんしょう)説としてまとめ、
修行段階によって世界に対する認知のありようが異なることを説明した。
③ヨーガを実践することによって「唯識観」という具体的な観法を教理的に組織体系化した。
- - -
↑ 瑜伽行唯識派は
クンダリニー・ヨーガの修習などによって
チャクラの覚醒によって
【阿頼耶識】を理解する事が出来た
と私は解釈しています
19:神も仏も名無しさん
10/11/12 10:25:08 5XeDlS4J
スレリンク(kyoto板:241番)
241 1/2 sage New! 2010/11/12(金) 10:09:39
「世俗化した仏教」と上座部等現行持律の系譜及び初期の伝統的仏教に於ける
「比丘」(僧侶)との対比を譬えれば、
極度に【純化された】《最終形態としての(=理想形としての)姿・在り方》を
「見本」「【モデルケース】」として、『どう提示するか』ということだ。
たとえば車や飛行機等であれば、、
・『実物大で、そのままのサンプルとして、(実際に走行、飛行するものとして)』提示されているのか、
・『図解付の説明書として』提示されるのか(或いは『文章説明のみのものとして』提示されるのか)、
という対比となろう。勿論、その間には
・『模型、簡略化された機能付のサンプルとして』提示されるのか、
・『模型としてのみ』提示されるのか、
というバリエーションを挟むこともできる。
が、いずれにしろ、そうした【《提示のされ方》の差異・相違である】と言うことができる。
どれがどう、という優劣を、(二諦を積極的に評価するならば)画一的につけることは拙速に過ぎるとしても、
*(たとえば、部屋の中で実物大の車や飛行機の実演が不可能なように)、
説明書でしか示し得ないケースもあり得る。日本仏教ならば、
「歴史性」と「社会的環境」という制限によっているように・・。
ダライ・ラマはそれが解っているから、多様な仏教の在り方を認めているのだろう。)
20:神も仏も名無しさん
10/11/12 10:25:53 5XeDlS4J
スレリンク(kyoto板:242番)
242 2/2 sage New! 2010/11/12(金) 10:10:27
・もし「環境・条件が許すならば」、
『実物及び(たとえ縮小スケールとしても)酷似したサンプル提示』であるべき、
というのが、原理主義に陥らない原点回帰の姿勢だし、
・環境・条件の圧が強いなら、それに合わせる形で、
『模型や説明書による、《(【共に仰ぎ見るものとしての】)理想形の【説明】》でも構わない』
というのが、現状肯定の姿勢となろう。
「現代日本で可能な提示法はどういうものか?」という問いは、
「歴史性と現状及び現行社会通念との折り合いをどう付けるか?」ということと表裏をなす。
そして、二諦を認むとしても、(いや、認めるとしたなら尚更)、
上記二つ(及びバリエーション)のそれぞれが、
《「聖」と「俗」どちらと見做し得るか、どちらに属するか》、を問うことになる。
そして、そここそが、今、日本仏教が問われていることでもある。
「僧侶は《僧侶(=比丘)》なのか《俗人(=在家)》なのか?」と・・。
21:神も仏も名無しさん
10/11/12 11:06:13 5XeDlS4J
チラ裏。
今、各動画サイトに(ワシはニコ厨なのでニコ動だがw)、
衆議院予算委員会の石破茂の質疑が幾つか上がっている。
見ていて隠居や在家とのやりとりを思い出したw
しかし、本来、議員ってのは石破さんレベルであるべきなんだろうな・・。
あれくらい勉強してくれてるなら、どんだけ特権があってどんだけ高給取りでも納得ものだ。
税金の(公給としての)使われ方としてふさわしい。
翻って、与党内閣のあの答弁は2ch以下だぜ・・。 何だい、ありゃ・・・。 orz
22:一億総グループボケw
10/11/12 11:33:44 3q5mDgWv
>しかし、本来、議員ってのは石破さんレベルであるべきなんだろうな・・
財政赤字や、大型公共事業依存大手ゼネコン病的依存財政赤字増大国家、ギリシャ危機すら忘れた、
一億総グループボケの象徴だろよw
自民自体が最近、愛国化強化し始めたけども、自民が政権を持っていた時の
対中国政策も民主と変わらぬだろうよw
大して何も日本が変わる事もない尖閣パーティー、
ま、民主が参議院で過半数取っていない時点で、財政赤字の増大と、
今寝ぼけた国民は何年後か、イギリスみたいにデモしても、もう後の祭りw
福祉不要の大金持ちだけが、余裕で、財政赤字理由に低所得層の社会保障を切られまくりw
民主過半数無しと小沢大型公共事業依存大手ゼネコン奉仕風潮が民主内で強まった時点で、社会保障負担増大政策をやり始めたしw
国民、尖閣パーティーしている間に、低所得者層地獄プランが増大。
労働者の味方と言われる社民、共産ですら、大型公共事業依存大手ゼネコン労働者を大事にするしw
23:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/13 12:46:01 iTAv0O+a
>>16-18
チャクラの覚醒が必須ではあっても、それは結果としてもたらされるものです。
一代氏が説明した通り、善行による積徳の繰り返しで浄化を図らないと無理であり、
心と智慧の修習の結果としてチャクラの開花があるのです。
その準備をすることなく、ただ技法によって即席で強制的にこれを謀ろうとすると
必ずといっていいほど破滅するだけです。
三十七道品とはいっても、その中の技法的な部分はごく僅かでしょう。
大部分は心修習と智慧修習の意味であり、これはヨーガにも共通するものです。
唯識思想がヨーガに関係しているといって瑜伽行唯識派をあげたところで、
それのどこがクンダリニー・ヨーガだということになるのでしょうか?
ゴータマがクンダリニー・ヨーガの実践者であったという根拠も不明です。
クンダリニーというのも、
クンダリニー・ヨーガの実践でなければ覚醒上昇しないということではなくて、
それは相対的な霊的修行の成果の一過程(解脱の完成などではない)として起こるものであって、
正しいプロセスを経てさえいれば(クンダリニー・ヨーガの実践などなくても)、
誰でも時期にごく自然と起こる出来事です。そして、ただの通過点に過ぎません(解脱ではない)。
そのことを知る正しい師は、左道密教(破壊破滅の道)などを推奨することは決してありません。
急がば周れの格言は、ここでも通用します。
24:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/13 13:28:41 iTAv0O+a
>>23
訂正:
×相対的な
○総体的な
25:神も仏も名無しさん
10/11/13 15:57:20 8kby9yYh
現代の
どんな地質学でもアトランティスやレムリアを扱わない。
どんな生物学・人類学でも、
○○根本人種は言及されない。
もし神智学が正しいなら、現代科学はおかしい。
ではなぜ科学の分野である文献学や仏教学を真に受けて
大乗非仏説を支持するのか。
一貫性が無いのではないか?
26:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/13 19:26:05 iTAv0O+a
>>25
現代科学のすべてが正しいわけではありませんが、
確実に進歩前進している部分があるのは本当でしょう。
やはり、認められる部分と認められない部分(科学の未発達や発見の遅れからくる誤認)とがあります。
アトランティスの存在根拠は確かにあります。
ヨーロッパウナギ、ヨーロッパのタビネズミ、
ノルウェーの鳥類などの不可解行動(渡りを行っていた先祖から受け継いだ本能行動の可能性)や
アトランティス大陸の名残の筆頭として上げられるアゾレス諸島など・・・
こちらについては、もう遠くない時に公的にも認められると思います。
○○根本人種というのは、神智学側独自の区分であって、
元々からして科学のライン上に乗ってくるような話ではないでしょう。
しかしながら、神智学が説くように人類の祖先という意味での猿的な哺乳類は、
更に太古の時代にまで遡れることが科学的にも定説化するでしょう。
文献学の大乗非仏説というのは、
その根拠となる理由と経典の記述内容からみて非常に整合性が取れています。
これは評価されてもいい科学の成果です。
大乗経典(大乗仏教の教え)が無価値などといったことがありません。
ゴータマが説いたものではない、といっているだけです。
いつまでも仏説などと偽るのではなく、
堂々と一つの素晴らしい実践宗教(ピンキリですが・・)として主張されればそれでよい。
27:神も仏も名無しさん
10/11/13 19:46:40 FQyEq2fJ
>>26
神智学(真我への気付き?)が無価値などと言ったことがありません。
ゴータマが説いたものではない、といっているだけです。
いつまでも仏説(仏教と共通、同内容)などと偽るのではなく、
堂々と一つの素晴らしい実践宗教(ピンキリですが・・)として主張されればそれでよい。
( ̄ー ̄)ニヤニヤ
28:神も仏も名無しさん
10/11/13 20:06:34 +mP4ck51
>>27
だよね。仏教というのは止めてくれよんしんちゃん
29:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/13 21:12:36 iTAv0O+a
>>27-28
まっ、悔しい気持ちはよく分りますが・・・
私は神智学がゴータマの説いたものだなどといったことは1度もありません。
ただ、
『「一切の形成されたものは空である」と明らかな智慧をもって観るときに、
人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそが人が清らかになる道である。』(ウダーナヴァルガ.12:7)
こういう経文を無視することなく、正しく仏教を理解してからいいましょうね!
「一切の形成されたもの」が「空」だということ。
「一切」とは物質現象界についての限定です。
「空」も然りで、「空即是色」とある通り。
ホトケも「空」、
ニルヴァーナも「空」などという寝言は辞めましょうね^^
30:神も仏も名無しさん
10/11/13 21:18:55 FQyEq2fJ
>>29
がっかりだよ・・。
>「一切」とは物質現象界についての限定です。
>「空」も然りで、「空即是色」とある通り。
隠居同様、色しか考えない物質主義者だったか・・・w
後四蘊を無視する立場だったか・・・w
(;´ー`)y━~~
31:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/13 22:00:55 iTAv0O+a
>>30
>後四蘊
“すべて”を「空」などというからカラッポ(空)といわれる。
空を説くそんな理論など、所詮は空論に過ぎないということ。
世間が実体だと見なしている「色」は実体のない「空」に過ぎないから、
これらを実体視して固執することは止めなさい、と説くのが仏教。
その同じことの繰り返しに過ぎない。
このことを単に知的に(理論として)見るのではなくて、
実際に“体感せよ”と説くのが仏教。それが解脱の境地。
解脱した先も「空」なら無意味です。
所詮、あなた方は実体論に対するアレルギー反応を起しているだけです。
32:神も仏も名無しさん
10/11/13 22:19:21 FQyEq2fJ
>>31
>「一切」とは物質現象界についての限定です。
『受想行識は「一切」の範疇ではない』、と
こういう御意見で宜しいですか?
33:神も仏も名無しさん
10/11/13 22:22:38 8kby9yYh
タビネズミって何のことかと思ったら、
レミングのことか。
あれは都市伝説ですよ。
34:>19,20にコメントしようとしたらこうなった ◆4yy3YEx6Zc
10/11/13 22:55:34 Z33dwsn3
今日は縁を頼って偉い坊様の話を聞いてきました。
一応全国的に名前の知られている方で、これまた歴史的な御寺で3時間ほど拝聴してきました。
正法眼蔵の授記に関する講義だったのですが結構なものでした。
修養の方法が自分が馴染んでいる方便と異なる宗派の方でしたので、細かい事はわかりません
「よい感化をうけた」とハッキリと感じます。即物的な快適さ以外にいくつか啓発された事もありました。
知る事と行う事の釣合は大事だと痛感しました。ただ何しろ話をされるのは大人物で私は小物
ですので、私は行い重視でいこうかな、とは思いました。
歳をとってくると誰でも感じる事だと思いますが、
返すべき恩義は多く 残り時間は少ない 、のでがんばりたいと思います。
35:神も仏も名無しさん
10/11/13 23:26:11 8kby9yYh
ヨーロッパウナギの取り立てて特異でもない生態。
候補地に浮かんでるだけの島。
これでは、苦しい。
36:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/14 00:29:23 lBBetLoZ
>>32
はぁ?
色受想行識の五蘊すべてが空です。
「五蘊盛苦」---<苦なるものは我がものではない。我ではない。
我ではないものは実体ではない。つまり、実体無きものがこれ「空」なり>
なにも肉体とイコールでないものも、
所詮は仏教の説く一切(現象界)の範疇です。
これ(有為)を超えたものがニルヴァーナ(無為)です。
従って、ニルヴァーナとホトケは空にあらず。
37:宝珠愚者 ◆9XuF3XEACk
10/11/14 00:32:30 lBBetLoZ
>>33>>35
URLリンク(www.ntv.co.jp)
38:神も仏も名無しさん
10/11/14 00:54:12 IOtPHPJ7
>>36
ハァ?(゚∀゚)
「空」の話なぞしておりません。(私個人、「空」という言葉、概念にこだわりありませんからw)
「五蘊」と「一切」の話です。話をすり替えないでください。
>なにも肉体とイコールでないものも、
>所詮は仏教の説く一切(現象界)の範疇です。
ならば、>>29で殊更に
「 >「一切」とは物質現象界についての限定です 」(及び「 >「空」も然りで、「空即是色」とある通り 」)
と、強調する必要は(今の流れ上は)ありません。29の段階で、>>36 「 >一切(現象界) 」と述べるだけでよいのです。
貴方が【わざわざ】【自分から】【物質面を強調してきた】ので、横槍を入れました。
(これまでの貴方は、「そのような限定・強調」をせず、常に>>36 「 >一切(現象界) 」と発言していたからです。)
39:神も仏も名無しさん
10/11/14 01:01:12 IOtPHPJ7
宝珠関連は極一部しかURL集化してないが、
隠居同様、総まとめが必要なんかな・・w
(捜索・選別すべきレス数は隠居の比じゃないからなぁ・・w orz )
40:神も仏も名無しさん
10/11/14 07:39:13 3QXm/tBa
>>36
そんなトンチンカンなこと言ってるのは宮元啓一とか一部の文献学者だけだよ。
テーラワーダでもチベット仏教でも言わないし、きっちり誤解だと明言されている。
歴史的にもそんな見解をとっている伝統仏教者を私は知らない。
41:神も仏も名無しさん
10/11/14 09:47:02 Od++Cjwy
37
言い出した人の主張を紹介するのは簡単。
それでいて、それだけでは意味がない。
「釈迦は輪廻に否定的」の意味を読み替えた人だって
立派に本は出してるじゃない。
42:?
10/11/14 11:00:13 ftlL2Owr
新アジア仏教史〈02〉仏教の形成と展開―インド2 (新アジア仏教史 2 インド2)
奈良 康明 (編集), 下田 正弘 (編集)
佼成出版社 2010/10
☆ 74ページ ☆
スッタニパータ(三五一)
「死を繰り返す輪廻を余す事なく捨てられた方にすがって、
私は浄らかな真理を説いて下さいと言うでしょう。
如来の方々は事を慎重に熟慮され成しえられるのです。」
- - -
↑ 輪廻を余す事なく捨てる事が出来ていない人は、
輪廻を繰り返す。
と私は解釈しています。
43:神も仏も名無しさん
10/11/14 15:49:42 z7VvUMmn
↑
いや、まんまじゃん
44:神も仏も名無しさん
10/11/16 00:09:48 2TrRMlAM
スレリンク(psy板:594番)
隠居はやっぱり中韓の人間だな。
正当な論理、或いは明らかな証拠、或いは論理矛盾の指摘、が、どれだけ突きつけられようとも、
それらを一切スルーし、或いは周縁の論点にスライドさせ本論から逃げ、
無根拠で筋の通らない強弁を繰り返す・・。ほとぼり冷めたら繰り返す・・。
そんな発言のし方がそっくりだw
或いは民主党員かもしれんなwww
45:神も仏も名無しさん
10/11/16 20:36:16 2TrRMlAM
スレが違えば、(論破・・とまでは言わないでおいてやるがw)、
指摘・反論されていないことになるようだな・・w
おめでたい野郎だw
詭弁強弁の陳列。
中身のない、その場限りの切り貼りの言葉の羅列。
現内閣そっくりだなwww
46:神も仏も名無しさん
10/11/16 23:07:38 2TrRMlAM
唐揚
47:神も仏も名無しさん
10/11/17 00:28:38 vJF1PvKz
>中韓
隠居が前に繰り返してた「東南アジア(の仏教)」
という言葉の使い方と同レベルになってる。
わざわざ相手のレベルに身を落とすことはない。
48:神も仏も名無しさん
10/11/17 02:47:01 FMjVfghM
本当の尖閣 海上保安庁1
URLリンク(www.youtube.com)
本当の尖閣 海上保安庁2
URLリンク(www.youtube.com)
本当の尖閣 海上保安庁3
URLリンク(www.youtube.com)
本当の尖閣 海上保安庁4
URLリンク(www.youtube.com)
本当の尖閣 海上保安庁5
URLリンク(www.youtube.com)
本当の尖閣 海上保安庁6
URLリンク(www.youtube.com)
解放軍【×尖閣諸島】【О???】中国領土を守る
URLリンク(il.youtube.com)
49:宝珠愚者
10/11/17 23:38:29 DCnscwc3
>>38
はぃハイ。
別にいいですよ!
私も「空」というアプローチに、特にこだわりはありませんから。
(逆にこだわりを示す人々のほうが違和感を感じるような・・)
では、 「一切(現象界)」と「無常」「無我」の関係ねぇ。
「色」とは元々、肉体のこと(後に物質すべてを含めて意味するようになった)。
その他の四蘊は、たしかに「色」(肉体)とは区別して使用され、
肉体崩壊後にもある程度の期間、存続するものをも含めて
同じく物質現象界の範疇としての「一切」ということになる。
尚、科学上のおいては四蘊もただの物質科学の領域に過ぎない。
ニルヴァーナ(無為)及び涅槃に座しているホトケ(如来)は、
この一切(有為)を超越しているから、(一切からの)解脱者と呼ばれる。
50:宝珠愚者
10/11/17 23:43:01 DCnscwc3
>>40
だから・・・全部、間違えたと。
伝統の師(聖者)たちも・・・(いうのが、私の意見です)。
数百年、いや、もっと古い時代に・・・
部派教団の時代から間違えて誤解のまま継承されてきてしまったのでは?
本来は物質現象界(有為)に限定されるべき「一切法」の中に、
部派仏教の時代においては、「無為」(涅槃)もその「一切(法)」の中へと入れるようになった。
と、水野氏が述べているのですから、きっとそうなのでしょう。
学問の世界からでなければ、
この誤解が(それとして気付いて)提示されることは、まず在り得ないのでしょうね。
仏門法門の伝統の中からでは、やはり無理でしょう。
**只今、PC投稿規制中(涙)
51:神も仏も名無しさん
10/11/18 08:01:06 DftNmuBk
>>44
>>45
セブンさんか。そうであれば、悪態ばかりついていないでw、「仏教界の大問題」
である「空における相互依存性」をあなたがいとも簡単に否定した根拠を示し
てくれ。「因果関係」では、実体論であり、空は成立しない。「釈迦の言葉」
は不要w。
竜樹は、「万物の相対性」により「空の原理」を根拠付けた。「相対性」とは、
「相互に依存する(dependent on each other)」という意味。
私は、民主党どころか、民主、民社、共産どのサヨク思想の批判とその源泉の
追求から、キリスト教とそれに類似の要素を有する釈迦仏教に至った。現在、
ニュース速報スレでサヨク叩きに忙しい。
52:51隠居復活w答えろよw
10/11/18 16:22:45 4yZE7Qp+
病的一神教徒宗教者、隠居生命教脳の解析を始めようw
さて、隠居生命教は人間の精神苦の原因分析を否定し
病的一神教のように生命で解決できうる宗教である。
チリの閉じ込められた19歳のジミー君は毎日PTSDに苦しみ、母親と一緒でないと寝られない(朝日新聞)
らしが、
病的一神教徒宗教者、隠居生命教の宗教患者の脳の見方は異なるようであるww
153 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 19:57:57 ID:v434uxvf
>>152
チリの作業員たちは、生命が助かった喜びで、PTSDなどもはや存在しない
ようだな。
隠居生命教がこのような人間の精神の苦を無視できる病的宗教患者の姿の予想が可能であるw
隠居は幼児期、カルト系キリスト教教団(エホバ)による虐待を受けた、と予想される。
思考回路が病的なアルカイダ、タリバンの思考と同じである。
隠居的病的宗教患者の思考こそが宗教戦争の根源であるw
そして、最近の学説によると幼児虐待をする人間の脳は幼児虐待されているので、
感情のコントロールを司る、大脳辺縁系及び海馬の縮小が見られる、
他者の精神の苦や感情に対する共感が低下し、平気で残虐な虐待ができうる。
故に、隠居生命教は感情及び、人間の精神の苦の原因分析を否定し鈍感であるが故に、
人間の精神の苦、感情を分析する釈迦は隠居生命教で否定されるのであるw
53:神も仏も名無しさん
10/11/19 11:45:07 vwt78l90
酷い名前をつけられたラーフラのことも
別にかわいそうだとは思って無いのかも。
それとは別として
ラーフラの意味が「ナーガの頭」
でなかったら、自分も釈迦をフォローできない・・・
王族じゃなかったら名前をからかわれてへこんでるだろう。
54:神も仏も名無しさん
10/11/19 20:52:43 kIJ83woZ
>>51
> 「空における相互依存性」をあなたがいとも簡単に否定した根拠を
私が反論したのは、『相互依存のみを見、因果関係(≒時間性)の排除』に対してです。
何度同じことを言えば理解するのでしょう。
筋違いの答弁を繰り返す、ここ数日の内閣閣僚と同じじゃないですかwww
>「因果関係」では、実体論であり、
大間違いです。実体でないもの(・こと)に因果関係は成立しないのですか?w
(これも何度も御指摘申し上げましたw)
> 竜樹は、「万物の相対性」により
はい、ここが大間違いです。
貴方は、『 >万物 』を、文字通り『物(rUpa)』でしか見ていない。
だから、上のように『因果は実体を前提としている』という頓珍漢なことを言い出すことになるw
> 「相対性」とは、「相互に依存する(dependent on each other)」という意味。
そのことは、「そうした関係性を結ぶものが『実体』であるという限定」を持ち合わせていませんwww
55:神も仏も名無しさん
10/11/19 23:54:43 D+2Iy3+L
>>54
「大間違い」「大間違い」と随分鼻息が荒いが、そもそも、小乗のあなたが
大乗の空を理解することが可能なのでしょうか。
今日立ち読みした島田裕己さんの新著でも、釈迦の空と般若心経の空とは
全く別物と言っています。これに対するコメントは?
時間は、今ここの生命が認知しない限り存在しません。従って、時間は存在
しません。
竜樹は、「もろもろの存在」について述べています。やはり「色」でしょうね。
「色」だが、無自性だから、執着に値しないと言っているだけです。
一方向の「因果関係」で空が成立しますか。それは空ではなく、「支配・被支配」
という実体論です。因果関係を認めないと、「業報論」が導けないからでは
ありませんか。
竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
「苦、集、滅、道が存在しないのであるから、苦を滅していかなる道(悟り)に
到達するのであるか」(中論24:25)
「(苦は)その本性として遍知されないものとすれば、それがさらに、どうして
遍知されるのであるか。本性は、実に固定的なものではなかあろうか」(中論
24:26)
56:宝珠愚者
10/11/20 10:50:58 Qo4uLASP
>>55
横レス失礼!!!
>竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
>「苦、集、滅、道が存在しないのであるから、苦を滅していかなる道(悟り)に
>到達するのであるか」(中論24:25)
>「(苦は)その本性として遍知されないものとすれば、それがさらに、どうして
>遍知されるのであるか。本性は、実に固定的なものではなかあろうか」(中論24:26)
これは勝義に過ぎない。
ただ、勝義の視点から、
「輪廻は存在しない(輪廻していない)」
「はじめから苦、集、滅、道もない」・・・などといったところで何も変わりはしない。
勝義の知っただけでは無意味であり、凡人には無価値です。
ヒンドゥーにも同様、ジュニャーナ(知恵と知識の道)というのがある。
しかし、これを知ったところでこれだけでは全くの無価値です。
これだけで成就する者も、また皆無。
知的理解だけで悟った気分に浸る禅世界も同様です。
最も困ったことは、
こういう勝義の言葉をただの唯物論者が利用する愚行なのです。
真の勝者は、
勝義をそれとして(正しく)知りつつも、それだけでは無価値であるとの理解を保って、
尚且つ、現実的な実践道を着実に歩む人のことです。
57:神も仏も名無しさん
10/11/20 12:45:13 C7eyM/HF
>>56
釈迦とは異なり、竜樹の理論は、世俗界・現実界に適用しても、論理的に1点
の破綻も無い。「世俗的なことにもとづかなくては、第一義は説示されえない」
(中論24:10)のだから。
そもそも、「勝義」の根拠は、一体何か。
>真の勝者は勝義をそれとして(正しく)知りつつも、それだけでは無価値で
>あるとの理解を保って、尚且つ、現実的な実践道を着実に歩む人のことです。
それはまさに一般の生活者(世俗人、凡人)のこと。彼等は、生存努力という
選択不能な「大修行」の中で、悟りを開いている。あるがままの生を生きること
自体が、「悟り」なのである。宗教者の修行のような「お遊び」ではない。
釈迦、イエスを含め、すべての人間、すべての生物は、物質に100%依存しない
限り一瞬も生存できないという意味で、唯物論者である。
58:神も仏も名無しさん
10/11/20 12:49:01 1dISWLbT
>>55
> 今日立ち読みした島田裕己さんの新著でも、釈迦の空と般若心経の空とは
> 全く別物と言っています。これに対するコメントは?
私の見解は、「相違がある」・「共通点は無常・無我(非我)であるということ」と再三再四述べていますが?w
龍樹によって純化されたことで、その共通点が縁起(及び三法印)とダイレクトにリンクしましたが、
「初期仏教の空」と「大乗仏教の空」は違うというのは、学界・仏教界の「常識」ですw
島田程度の言辞は学部生でも言えること。何の感慨もありませんw 所詮、小物です。
(彼は“宗教”学者であり、仏教専攻でもありませんしね・・w)
*(【他人の言辞に便乗】するのでなく、中部「小空経」(及び「大空経」)でも読んで、
【御自身の見解を構築】されたら如何ですか?www)
*(ちなみに、大乗思想は「空」のみによっているわけではありませんよ?w
あくまでも、般若経典群の系譜としての一流派にすぎません。
龍樹以降、そこを外せなくなったので、どの系譜も「空」というラベルを使用しますが、
その解釈・援用の仕方には多様なものがあります。(特に現代日本仏教を見るなら尚更ねw))
> 時間は、今ここの生命が認知しない限り存在しません。従って、時間は存在しません。
貴方の言辞に乗った言い方をするならば、
《認知があろうがあるまいが、「そこに生命がある限り、その生命の存在すること、
(変遷・(細胞等組織の、或いは心的在り様の)再生産を伴いながらも)存続していること」が、
時間が存在する》ということです。
「変化=時間」という視線は、貴方自身の口からも出ていたと記憶しますが?w
> 竜樹は、「もろもろの存在」について述べています。やはり「色」でしょうね。
(「存在(bhava)」については反証材料も併せて提示済みですが、スルーしっ放しですね。
〈都合の悪い指摘には触れず、別のことを述べる。或いは無視してリフレインを続ける〉。
今の内閣の答弁とそっくりですねw)
59:神も仏も名無しさん
10/11/20 12:49:58 1dISWLbT
>>55
> 一方向の「因果関係」で空が成立しますか。
しますねw
> それは空ではなく、「支配・被支配」という実体論です。
ハァ?(゚∀゚)
その理由を、是非、解り易く解説していただきたいものです。
そのような頓珍漢な理屈は、全世界で貴方によって初めて提起されたものなのですからw
> 因果関係を認めないと、「業報論」が導けないからではありませんか。
ハァ?(゚∀゚)
「業論(業報論)」は、突き詰めれば「因果」と同義なのですよ?w
導くも何も、同じことなのです。善悪(の行為)の側面に特化した際のラベルが「業(業報)」であり、
その現象面に特化した、(ズームアウトの極まで)俯瞰した際のラベルが「因果」であるだけです。
そして、何度もお尋ね致しました。
『「貴方の生」に(→「貴方の(貴方という)生命」に)「因果」は存在しないのですか?』と・・w
一向にお答え頂けていませんが・・・www
> 竜樹は、苦、集、滅、道の存在を否定しています。
その言い回し、文言はともかく、
もし、四諦を否定しているならば、『龍樹の思想は仏教ではない』ということになります。
四諦無き仏教などあり得ないからです。
それは、《『四諦』が説かれていること・四諦に則していること、が、
(三法印同様)謂わば「仏教の定義」である》からです。
一言申し上げておきますがw、
私に対して意見を提示し続けるなら(=駄弁を垂れ流し続けるなら)、
これまでスルーしてきた指摘に御解答や反応をしてからにしてくださいw
貴方の指摘に対しては、全て返答済みなのですから。
貴方が、それに対してスルーしているだけですw
60:宝珠愚者
10/11/20 13:17:30 Qo4uLASP
>>57
>「世俗的なことにもとづかなくては、第一義は説示されえない」(中論24:10)のだから。
それは、(世俗の人々の)理解できる言葉と表現でなければ、
結局、無意味となってしまう・・・という程度の意味でしょう。
>そもそも、「勝義」の根拠は、一体何か。
世俗の価値観というフィルターを取り払い、
あなたのような唯物論者のご都合主義で真理(真実)の歪曲されることを防ぐためですよ。
その勝義となる真理そのものの視点は、霊的な視力と体感によって初めて直知できる世界観を示すものです。
世俗の視点からは絶対に推し量ることのできないものです。
よって、これは“一方通行のみ”によって提供される内容なのです。
その正しさは、自らの実体験でなければ確認不能であり、
これを直知体験している者だけが、この絶対的な正しさを主張できるのです。
残念ながら、これを知らない世俗者からは、その正否を判定することは不可能なのです。
>釈迦、イエスを含め、すべての人間、すべての生物は、物質に100%依存しない
>限り一瞬も生存できないという意味で、唯物論者である。
彼らは、
そんな程度の事柄などは・・・当たり前のものとして理解しています。
彼らは世俗の視点と勝義の視点、この双方を知りつつ、
勝義に至るための生き方を説く。
その生き方(修行生活)はお遊びなどじゃ~ありませんから。
61:1/3 ついでだ、投下しとくか・・
10/11/20 14:21:30 1dISWLbT
┐(;´ー`)┌
スレリンク(psy板:660番)
>「どこかの誰かの『本』に書いてない」ということでしょ
いやいやw 仏教に関する知識だけじゃありませんよ?w
一般常識や対話(議論)のマナー、ヒトの認識の仕組み、現代医学等のスタンス、
乳幼児の観察、人間の思考・考察の傾向や癖、宗教(的考え方・文化)の発生発展、その歴史、
民俗学的な社会・文化への視線、etc.etc.etc. あらゆるものが欠けまくってるじゃないですかw
だから、「無知」だと中傷するのです。少なくとも、あれだけの大言壮語を吐くならば、
各領域のそれなりの基礎知識(【&常識】)くらい押さえておいて欲しいものです・・。 (ノ∀`)
あとな、(自分について評価めいた語りをするのは嫌なんだが)、
>「他人からの借り物」でない、あなた独自の見解で
俺の見解はな、伝統的解釈からは少しばかりズレてるんだよ。(だから、一代と意見が合わないこともある。)
*(一代は「現代常識への阿諛」と批判するが)、
「現代的価値観での再解釈や再構成」自体を悪だとは言わない。それが必要な場面もあると俺は思ってる。)
けどな、てめぇみたいに「気に入った部分だけイイトコ取り」はしねーんだよ。
「原点・原典・系譜の“捏造、俺様読み”」の上に、それ(現代的再解釈)を設けたりしないんだよ。
吟味し、理解し、納得し、頷けたことを、(全体の文脈に照らしつつ)言葉にするよう気をつけてんだよ。
*(借り物発言は、てめぇ自身だろうがw
「岩波辞書に載ってるから正しい」? 「仏教学の権威・大御所が言ったから正しい」? 笑わせんなw)
相手の意見、反対意見の依って来る文脈、理に目を向けることを疎かにはしないんだよ。
そこに理や整合性があれば、(そうした考察結果になるのもさもありなん、という理由があれば)、
評価もするし、時には賛同もする。「部分肯定全体否定」、「部分否定全体肯定」になる時もある。
相手の理が勝っていれば負けを認めもするさ。再考の必要性を感じることもあるさ。
(指摘や批判は、その発せられた理由(・背景)の吟味が受け手にとって必須なんだよ。)
それが、対話するということだ。論を交わすということだ。
てめぇに決定的に欠けているのがこれだ。ちったぁ自覚しろw
62:2/3
10/11/20 14:22:32 1dISWLbT
スレリンク(psy板:660番)
>「因」と「果」という「実体」が前提とされ
それが思い込みだと何度言ったら理解するのでしょうw
【「実体」である必要は全くありません】。
寧ろ、《なぜ、『「実体」である』『「実体」でなければならない』と考え得るのか》、不思議でなりませんw
そういえば、
「実体」絡みの話も、貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《「中道」は「道の両端」、「両端は実体」》の話も、貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《これあればかれあり》の話も(過去スレに原文挙がってますけどね・・今更ですがw)、
《(「あれ」「これ」「かれ」等)「代名詞」の指示対象は「実体」》の話も、
《原文・原典無視の翻訳依拠かと思えば、更に現代的再解釈こそが至高》も、
《対象を認識する際、刹那に静止させると、そこに「実体」がある》《高速度カメラ云々》の話も、
貴方が逃亡(スルー)したから議論が止まったのですよ?w
《生命現象の観察は、その根源を何ら担保しない》という指摘も、
《「死」は、根源性を担保しない》という指摘も
《「苦」は機能である》《○○という機能》の話も、
《貴方は「因果無き生活・生」を送っているのですか、貴方の生に因果は無いんですか》という問いも、
《岩波辞書執筆者》《執筆者選定》の話も、《仏教及び釈尊への現代的批判》の話も、
《諸行無常》についても、《自灯明法灯明の私のレス》も、《無明=生命》についても、
どれもこれもどれもこれも、てめぇが【スルーして】、【違う話題へシフトして】るだけだろがw
どれもこれも、既に【「論破」と言ってもいいくらいの「きっちりした反論」】をしてるんだよ。
それらを悉くスルーしておいて、いけしゃあしゃあと同じ問いをしてくんじゃねーよ。ボケナスが・・。
てめぇが「無知」で「世間知らず」だと言ったことの意味する所はな、
『社会的人間として、大人として、対話をする者としての、礼儀やマナー、文脈の把握等』に決定的に欠けているってとこだ。
どれだけ非礼の極みを尽くせば気が済むんだ?
てめぇには、「屑」という言葉さえ勿体無い。
63:3/3
10/11/20 14:24:03 1dISWLbT
スレリンク(psy板:660番)
>「因果関係」でどうして「空」が成立しうるのかご説明ください。
「因や果は実体ではない」。(そんな例は五万とある。)
これを「前提」とwする限り、因果関係(≒時間性)を持ち込むことで「空」が成立しないなどということはない。
「実体的、固定的」に見るから、顛倒妄想であり、「無明」だと言うんだ。
*(次の段を受ければ、「因や果は実体である」という「誤った」「前提」だから成立しないだけだ。
その「前提」自体にメスを入れてみろ。)
*(俺と或る名無しとのやりとりも読んでないのか? (その割には横入りしてきてるようだがw))
>諸行無常」も「常である行」の概念を前提として
馬鹿か?w
「 >「常である行」の概念 」が倒錯であるから、「そうではないよ」と言われるんだよ。
「行 saNkhAra 」自体が、「無常なること」を既に含意してるんだよ。
それに、ここでの前提は、「肯定的前提」なんかじゃねぇ。「行」とも直接関連したものじゃねぇ。
「常なる(実体がある)」という通念が「前提」としてあるから、対の「無常なること」が提示されるわけだ。
それこそ、相対概念であるから、常-無常と対比されんだよ。【対概念として前提である】だけだwww
また、世間一般で【疑問なくそのように見做されている】という意味での「前提」なんだよ。
どこにもおかしいことはない。
(参:スレリンク(psy板:229番))
>>61補
スレリンク(psy板:616番)
>> 397
> 「一切皆苦」「釈迦は常に正しい」。
だからwww
「○○が言ったから正しい」なんて誰も言ってないのw
(確認した上で)「内容が正しい」と言ってるだけなのw
たまたま最初に説いたのがお釈迦さんだっただけなのw
64:神も仏も名無しさん
10/11/20 18:10:56 G6iNag7p
>>63
>俺と或る名無しとのやりとり・・・・
これはもしかして、俺のことか? セブンwww
(また、規制で携帯しか使えん。隠居叩くにも、長文アウトだww)
65:神も仏も名無しさん
10/11/20 18:43:44 1dISWLbT
>>64
yes。
66:神も仏も名無しさん
10/11/21 00:04:30 TR/mnwZy
>>59
一方向の因果関係は業報論だから、バラモン教と同じ。空はどこへ行ったw。
67:神も仏も名無しさん
10/11/21 00:30:04 2lBO8ftN
>>66
馬鹿丸出しだなw
>一方向の因果関係は業報論だから、
或る意味その通り。59でそう書いてるじゃないですかw
そして、「業論者・行為論者(kamma-vAdin)」と称された如く、仏教の要であり、
これを抜きにしたものは「仏教」ではないのです。理解できませんか?w
*(そして、四諦も業報も、縁起を軸としているわけです。
貴方はホントに「空」がお好きなようですが、「四諦」や「縁起」無き仏教があり得るとでも思ってるんですか?www
「空」という言葉・概念・考え方無しでも仏教は成立するんですよ。
そして、「空」のみで構築された思想であれば、(そのようなものが、もしあれば)、
それは仏教ではなく、何か他の思想であるに過ぎませんw)
>業報論だから、バラモン教と同じ。
だから何?と言いたい所だがw、少しく当時の他の思想を擁護しながら述べるなら、
『「倫理道徳」及び「善悪」の基礎』だから、それらに触れる思想は全て、業報(論)を前提とするんだよ。
もし、世界に、業報を基軸としない倫理道徳が存在するなら、是非とも御教え願いたいwww
*(また、近代法においても、業報が前提とされていませんか?だからこそ「罪を問う」のではないですか?
〈原則として「当人による行為の罪を問う」〉ものであるから、情状酌量の道を設けているのではありませんか?)
>空はどこへ行ったw。
何度も言うが、「空」という概念なくとも仏教は成立するんだよw
68:神も仏も名無しさん
10/11/21 00:44:18 BIepeTfX
>>67
「釈迦=仏教」というのは誤りだろう。仏教とは、後代の多くの人々が、釈迦の
思想にヒントを得て、膨大な思考を積み重ね、それを改良・発展させたもの。
だから、世界宗教たり得る。開祖の盲信は、単なるカルト。
「もろもろの存在は、どこにおいても、いつでも、決して自己より生じたもの、
他者より、両者より、さらに無因より、生じたものとして存在するのではない」
(中論1:1)。
「関係性」という「空の原理」の大発見です。
69:神も仏も名無しさん
10/11/21 00:58:13 2lBO8ftN
>>68
また馬鹿丸出しだなw
>「釈迦=仏教」というのは誤りだろう。
だったら、貴方は、「仏教」という名称・呼称を使用せず「龍樹教」「空教」「相互依存教」とでも言えばいいwww
「仏教」という名称・呼称には、そうした歴史的経緯も常に含意されるんだよ。馬鹿垂れがw
>「関係性」という「空の原理」の大発見です。
「空」とは「関係性」のことではない。
「自性無きこと」を「空」と言うんだよw いつになったら理解できるのかねぇ・・w (;´ー`)y━~~
70:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:01:31 id/9Nxo/
>「自性無きこと」を「空」と言うんだよw
エッ?
ごしごし
71:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:03:43 BIepeTfX
>>69
「万物との関係性」の産物だから「自性がない」のですよ。
72:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:15:51 id/9Nxo/
>>71
関係しようと思えば自性が必要ですよ。
73:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:27:14 BIepeTfX
>>72
すべてが関係性という抽象性の産物であれば、自性は必要ない。
空とは、「何も無い」ということではない。厳然として実在するが、関係性(空)故に、
「執着すべき自性はない」と言っているだけのこと。
竜樹も説明に苦労して、「幻の如き」と言っているが、「幻」とは言っていない。
74:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:49:27 id/9Nxo/
>>73
関係性というのは、抽象ではなく、関係し得る実体があることになり、
「執着すべき自性がある」と言うことです。
それが空です。
75:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:52:07 BIepeTfX
>>74
その実体自体も、関係性の産物としたらどうなる?
76:神も仏も名無しさん
10/11/21 01:53:47 id/9Nxo/
>>75
また繰り返しですが、関係性の産物ということは
関係しているのだから自性があるということになります。
77:神も仏も名無しさん
10/11/21 02:01:17 BIepeTfX
>>76
すべてが関係性の産物だとすれば、その関係性は無限小まで連続する。
78:神も仏も名無しさん
10/11/21 02:14:51 id/9Nxo/
>>77
無限ではなく、どこかに原因があって、そこから始まっていると思われます。
79:神も仏も名無しさん
10/11/21 02:46:32 BIepeTfX
>>78
その原因も、関係性の産物であったらどうする?いくら繰り返しても無駄
である。
80:神も仏も名無しさん
10/11/21 03:13:06 id/9Nxo/
関係した、された、しなかった、されなかったと
いうとき、すでに「それ自体で存在する」主体とrelationshipが繋がっており、関与しているからこそ
そういうことが判断されたのだから、それ以上にこの主体を分解することはできません。
81:神も仏も名無しさん
10/11/21 09:23:53 2lBO8ftN
縁起. ┯ → 無自性 → ┓
.| ┃
.└ → 関係性. ≒ .┸ → 空
(≒相互依存…不可逆的)
━━ ─ --- - - - -
(≒相互依存…≒可逆的) *(ま、実際は可逆的事象などあり得ないわけだが・・w)
個物. ┳ → 関係性 ― ≒ 空
実体. ┃ :
|| ┃ :
|| ┃ ↓
|| ┗ → 自 性 →. ≠ 空
|| .│
非「縁起」 .← ┘
非「空」
図のように、「関係性」という視線は双方に関わってくる故、混同・錯綜し易いが、
図下部の如きであることを忘れてはならない。
そして「関係性」や「相互依存」に目を奪われ、それを主軸(原点)に据える時、
その思考・考察は、(特に、矢印の逆考察をした時)容易に「実体論」へ堕す。(たとえば>>74のような方向で。)
ましてや、「個物」や「実体」、或いは原子・素粒子等「最小単位の類」を原点に据える時、
それは「反仏教」以外の何ものでもない。
*(ちなみに、隠居が「因果」及び「時間性」を批判する時、
A《「刹那の最小スパンで切り取れば、そこに実体が見られる」。故に「因果は実体を前提としている」》、と言うことがある。
一方、そこに関連する形で(>>74(>>72)のように)
B《「関係し合うには(関係し合うということは)、すなわち『実体』の前提(存在)が必須である」、
「『実体』が前提とされるから(存在するから)こそ、そこに関係が生まれる」》、という考え方がある。
隠居は、これに「空」という言葉で対抗しているが、実は自分がこの側面に陥っているという自覚がない。
この側面に堕ちているから、Aのような「因果は実体と実体の因果である」という言をなす。
この台詞が出る背景は、まさしく、図下部の如き、或いはBの如き思考に自らが陥っている証に他ならない。
>>73の愚かさを見よ。隠居の「空」は、非縁起・非仏教の「実体論(実在論)」に他ならない。)
82:神も仏も名無しさん
10/11/21 10:27:09 U7mTfXau
>>81
一旦釈迦仏教に嵌った者には、大乗の空(竜樹や般若心経)を理解することは、
不可能か、極めて困難である。小乗と大乗とは、「異なった二つの宗教」である。
君は、本質的に異なる大乗を、懸命に小乗に引き込もうとしているだけ。石飛
も、その一例である。
大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として
実在するが、相互依存性・関係性故に、執着すべき自性はない」ということに
過ぎない。
釈迦とは異なり、竜樹は「倫理・道徳」の「言葉」や「スローガン」は一切説いて
いない。その基盤をなす、「他者との相互依存性・関係性」という「原理」を
見出したのである。
一方向的因果関係では、「因」が「果」を規定し、支配するという関係。そこ
には、大乗の空の片鱗も見当たらない。バラモン教の忌むべき業報論と何らの
相違も無い。
相互依存・関係性は、万物のあるがままの姿であるから、執着とはいえない。
人間も、関係性の中でしか、存在できないのだから。
竜樹が例えとして「仮設」という言葉を使ったのは、すこしまずかった。「仮
設」では、そうでない「本来の姿」があるという印象を与え、仏教者の誤解を
招いているようだ。竜樹の理論は極めて高度だから、その説明の難しさは、重
々理解できるが。
83:試案
10/11/21 10:32:51 2lBO8ftN
或いは、このような図示をすることもできるだろう。
「関係性」という視線を大きく受ければ、
縁起. ┬ 個物 ─ → 関係性. ≒ → 空
.| (色) (≒相互依存…不可逆的)
.├ 受 .─ → 関係性. ≒ → 空
.├ 想 .─ → 関係性. ≒ → 空
.├ 行 .─ → 関係性. ≒ → 空
.└ 識 .─ → 関係性. ≒ → 空
と。
「空」なることの本義から見れば、
縁起. ┬ 個物 ─ 無自性. → 空
.| (色)
.├ 受 .─ 無自性. → 空
.├ 想 .─ 無自性. → 空
.├ 行 .─ 無自性. → 空
.└ 識 .─ 無自性. → 空
と。
もし、この時、個物を実体的に捉えるなら(実体・実在として或いは最小単位を設定するなら)、
そこが原点となり、縁起ということと断絶する。
(色)
縁起 ┬×┯ 個物 . .┳━━━ → 関係性. ≒ → 空
| . .| (実体)..┃ (≒相互依存…不可逆的)
| ?a ?b
| . .| ...↓
... ..└─┴── 受・想・行・識 → 関係性. ≒ → 空
五蘊に於いて、「色」と「後ろ四蘊」を別と見ようが一括して括ろうが、
色を「実体・実在」とする時、縁起とは乖離する。(それは無常なることの否定であり、変化の否定でもある。)
※?aは、「後ろ四蘊」をも実体と見る時。?bは、「後ろ四蘊」が「色」に依存する時。
そして、「色」を実体としてさえ見なければ、?bのように四蘊が色に依存しようとも整合性は保たれる。
また、ここで可逆性を見るならば、やはり縁起とは乖離する。
果によって、【それを生じさせた】因や縁が生じるということはあり得ないから。
84:神も仏も名無しさん
10/11/21 10:39:20 2lBO8ftN
>>82のような詭弁を弄するから、「民主党員じゃねーの?w」と揶揄するのだよ。
得意の詭弁で>>62について弁明してみろ。拝聴してやるからw
85:神も仏も名無しさん
10/11/21 10:46:46 U7mTfXau
>>83
一旦釈迦仏教に嵌った君が、いくら大乗の空を理解しようとしても無理。
釈迦を一切捨てて、虚心に竜樹に取り組んでみることしかない、彼の「信仰の
表白」に惑わされないように。これは、飛びきり口が上手く、礼儀正しい竜樹の
「お世辞」に過ぎないのだから。
「関係性」は、常に変化している。一方向に固定したら、それはもはや大乗の空
ではない。
86:神も仏も名無しさん
10/11/21 10:58:42 U7mTfXau
民主党員とは、釈迦仏教徒と同じく、「マルクス教」「社会主義教」に洗脳された
「宗教信者」に過ぎない。宗教だから、現実の直視が不可能で、なりふり構わ
ぬ「自己正当化」のみに終始している。宗教による洗脳の恐ろしさ・根深さを、
如実に証明している。
87:神も仏も名無しさん
10/11/21 11:40:14 2lBO8ftN
>>86
>なりふり構わぬ「自己正当化」
また自己紹介ですかwww
あれだけ矛盾を塗り重ねておいてよく言う・・w
貴方の言辞の非論理性は(大勢から)詳細に指摘済みなんですがねぇ・・。
自分・自説の瑕疵を認めず聞かず、詭弁を弄することに明け暮れる姿を揶揄しているんですよ。
「仙石」とコテを付けたらどうですか?w
88:神も仏も名無しさん
10/11/21 12:06:24 b7LsyK6F
>>87
「生命」には、矛盾はないよ。「矛盾・非矛盾」を超越しているのが生命だ。
「生命」は、「今、この瞬間にある」だけ。それ以上でも、以下でもない。
貴殿も仏教者を自称するのなら、もっと修行して、もろもろの煩悩を除去され
たし。様々な理屈は「煩悩の塊」という感じだ。道元でも読んだら如何。
89:神も仏も名無しさん
10/11/21 12:34:02 2lBO8ftN
>>88
wwwww
『生命』に矛盾があるかどうかなんて知りませんよw
【貴方の言説に】矛盾が溢れていると言っているのです。
ホント、オツムが弱いですね・・。
90:神も仏も名無しさん
10/11/21 14:00:07 tUzlJSGB
>>89
「釈迦の言説には矛盾が無い」と信じ込まされている貴殿こそ、矛盾であろう。
釈迦の頭脳では、「空の理論」を確立する能力はなかった。ただ言ってみただけの
話。「世界を空と観ぜよ」とは、世界の実体性を前提としてる。世界自体の実体性
を「無自性」により解体して、「空の理論」を確立したのが竜樹である。
生命の刹那性とは、道元の「前後裁断せり」と同義だと思う。
91:神も仏も名無しさん
10/11/21 15:09:02 2lBO8ftN
>>90
自分の信号無視の是非を指摘されているのに、
「あの車は信号無視をしている」とだけ述べ、自分の行為には一切触れない。
そういう(現内閣的w)姑息さを指摘しているのです。
>>62の各項は、このままスルーして逃亡ですか?www
直近の矛盾を指摘してみましょうか?
>>82
>大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として実在するが
>竜樹が例えとして「仮設」という言葉を使ったのは、すこしまずかった。「仮設」では、そうでない「本来の姿」があるという印象を与え
『(物(万物)は) >厳然として実在する 』 と 『(物(万物)には) >「本来の姿」がある 』 との関係は?
前者は、貴方により「そうである」という肯定され、後者は「そうではない」と否定されます。
貴方の中での、この二者の別を説明していただきたい。
また、『「物」が実在する』とはどういうことですか?
(水の例では、『 >極小時間を取れば「水」という「変化しない実体」である 』
などと戯けたことをのたまっていらっしゃいましたが・・w)、
もしそうであるなら、そのような在り方が、【貴方の説に於ける「本来の姿」】となるのではありませんか?
(参:仏教議論スレッド 07
URLリンク(mimizun.com)
スレリンク(psy板:155番)
スレリンク(psy板:170番)
スレリンク(psy板:174番) )
貴方にとって、『「物」が実在している』ということ即ち『本来の姿』ではありませんか?
【否定している貴方こそが、その否定に反し『本来の姿』を設定して】いませんか?(まさに龍樹と真逆の位相ですw)
ま、『 >厳然として実在する 』という考え方が、そもそも「非仏教、非空、非龍樹、非大乗」なわけですが・・・w
ちなみに、>「世界を空と観ぜよ」 の出典はどこですか?
それと、>>52にも早く答えてあげてください。逃げてばかりではカッコ悪いですよ?w
92:神も仏も名無しさん
10/11/21 19:56:45 HbKdXdan
>91
仮設(幻)であっても、人間はその仮設(幻)以外では絶対に存在し得ないのだから、仮設が「本来の
姿」になる。「色即是空」、されど「空即是色」である。「仮設」以外に本来の姿があるという誤解を招く
点で、その言葉はやや不適当。しかし、竜樹は、そうとしか云い様がなかったのだろう。竜樹の苦労は、
手に取るように分る。
厳然たる実在であっても、それが関係性という抽象性の産物であるから、「執着すべき自性はない(空)」
ということである。すべての物質は、「原子や素粒子の関係的集合」である。どんな美女でも、原子の関係的
集合だと思えば、振られても諦められるのかも知れない。これが「悟り」である。女体に欲望を感じたら、
その女の骸骨を思い浮かべよ、と言ったお坊さんもいたなw。
「世界を空と観ぜよ」とは、仏教の殆どの概説書に書いてあること。出典は、仏教学者であるあなたに
聞きたい。
大王は、仏教やっているのだから、大乗仏教の思想の真髄でも語って欲しいね。それを語っているのは、
非仏教徒の私一人だけ。ここの仏教徒は、殆どが小乗カルトの信者。維摩経、大乗起信論、華厳経
を初めとする大乗仏典や世界最高の思想家とも評される道元については、誰も語れないのかね。ならば、
仏教を論じることは止めるべき。
日本は、大乗仏教の国である。
93:神も仏も名無しさん
10/11/21 20:18:31 94LNlCPz
悟りとは永遠に良心から離れない又は忘れない状態のことだよ、人間の動物としての
感覚を麻痺させたり殺したりすることじゃない。その麻痺や無感覚が欲しいなら体ごと
捨てちゃえばいい、つまり自殺すればいい。しかし釈迦はそんな自殺など弟子に要求
しなかったし、生きたままちゃんと大悟した。
94:神も仏も名無しさん
10/11/21 20:59:30 HbKdXdan
>>93
「四苦」はすべて「人間の動物としての感覚」に関するものですよ。「煩悩」
も「動物としての人間」の身体から発するもの。「それらを無くせ」と言ってる
釈迦は、人間に「死ね」と言ってるのと同じ。
釈迦は、矛盾しまくり。釈迦が「悟った」というのは、あくまで彼の自称。
誰も確認してはいない。因果関係なら、バラモン教徒にとっては常識。
すべてがバラモン教や六師外道の受け売り。新しいことは何もない。
95:夜回し先生
10/11/21 21:03:08 Mq2z7Ia+
釈迦の教えというのには現に救われなかった
効果がなかった
無我、無心だけでは廃人のようになれとしか聞こえない
すべては空だ、と言われても、どこまですべてだ
八正道のそれぞれの解説に「正しい何々を…」って、
正しさの中身が書いてないんだよ!
96:神も仏も名無しさん
10/11/21 21:13:38 2lBO8ftN
>>92
なぜ、物についてしか語らないのですか?
【貴方には】「感情」「想い」「気持ち」「意思」「認識」「思考」等々は“存在”しないんですか?
・・・・・・まあいいです。今後もスルーし続けるおつもりなのでしょう・・。
>厳然たる実在であっても、それが関係性という抽象性の産物であるから
何でしょうか?コレはwww
「>関係性という抽象性」が「実在」を産み出しているのですか?
だとすれば、「実在」は前提でも何でもないじゃないですか。
貴方は何度も、(「空」は)【「実在物(同士)の関係性」である】と述べてきました。
「龍樹は万物の実在を前提として・・」とも述べていました。ここでも矛盾が発生しています。
「実在」よりも先んじている「関係性」ということで宜しいので?
貴方の大好きなw「万物」は、前提でも根源でもなく《「関係性」によって生起したもの》
ということになりますが、それで宜しいので?
であるならば、《貴方が繰り返す【「実在」と「実在」との「関係性」】ではなく、
【「実在」を生じせしめるような「関係性」】》ということになりますが・・。
《「実在」が前提であるのではなく、「関係性」が前提である》ということになり、
「龍樹はそれ(実在(≒存在))を前提としていた」という発言とも齟齬を生じますが、それで宜しいので?
>あなたに聞きたい。
知りませんよwww
少なくとも、「仏陀の言葉として伝えられたもの」という話を聞いたことはありません。
仏典の言葉でなく、各解説者による“空思想”或いは“心経”に立脚した際の
説明語句でしかないのではありませんか?
だとしたなら、またしても捏造発言となりますよ? 貴方はこれを「釈尊の発した言葉」と言ったのですから。
歴史的に大乗仏教まで視野に入れた、通仏教的な概説ということでしょうか?
或いは、般若経典群に、「同趣意」の文言があるのでしょうか?
いずれにしろ、釈尊在世時代には、「空」という語や概念は重視されておりません。
>殆どの概説書に書いてあること
苫米地と変わりませんねw 概説書のツマミ読みに勝手な妄想を重ね、独自な思想を構築する・・。
そっくりだw
97:神も仏も名無しさん
10/11/21 21:17:22 S6WkOHt3
>>95
正しさとは「変化」するもの。
事象に対する観点の遠近により、時代により、場所により、変化するもの。
つまり、縁起故に空である。
一般的には縁起により変化しやすい我見を離れたものが推奨される。
固定されない故に高度に覚醒された頭脳と広い知見が要求される。
簡単なものではありませんよ。
98:神も仏も名無しさん
10/11/21 21:20:14 HbKdXdan
>>95
>八正道のそれぞれの解説に「正しい何々を…」って、
>正しさの中身が書いてないんだよ!
その通り。釈迦は、「正しい」「正しい」「正しい」とくどいほどいうが、その
「正しさ」の基準については、何も分らず、語っていない。「狂人のたわ言」
としか思えない。
「一切皆苦」などと言いながら、時折、「楽しい」「楽しい」「楽しい」と
叫びだす。精神医学的には、典型的な「双極性障害(躁うつ病)」の患者で
ある。釈迦教徒とは、釈迦の精神病が感染したもの。精神病は感染する(感応
精神病)。
99:神も仏も名無しさん
10/11/22 12:26:08 vus5KArQ
学問や学問的っていうのは、
外からの見方ってことなんだろうか。
相手の言う事(伝えてきたこと)を
相対的に受け取って、自分の中で
整合性が感じられる説明を新たにつける。
Q資料や大乗非仏説もそのような「合理的」「学問的」推量によっている。
前者は初期キリスト教の記録でも存在が言及されない。
純粋に「説明は成り立つ」から支持される仮想物といえる。
「ジャーンの書」はプラーナからの盗用がなされている、という説があるが
宝珠は他宗教の一部信徒がQ資料や大乗非仏説を否定するように
これを排するだろう。
同じ本源に由来するからであって、盗用による捏造では無いのだ等の返答が予想される。
実際、自前の体系内では説明はついている。ただ、そのまま受けとる義理は外部の人には無いだけで。
100:神も仏も名無しさん
10/11/22 12:42:48 vus5KArQ
学問の世界から伝統とは違う知見が出てくる、ってのは
その程度の話でしか無いんじゃないかと。
そのまま受けとるか、受け取らず切ったり貼ったり
選んだりするなら情報の扱いそのものが違うのだから
過程も結論も異なってくるのは当然。
論理上の推量や校訂作業とかぶるので
少なくとも感覚的には説得力がある。
101:宝珠愚者/代行
10/11/25 00:55:58 qVvCEugF
>>99-100
仰ることはご尤もであり、故に弁明し難いのですが・・・。
それでも敢えて、分りきったようなレスをさせてもらうならば。
>「ジャーンの書」はプラーナからの盗用がなされている、という説があるが
これは、
つまり、共通事項と類似性が見られることから、
「やっぱりそうなんだ!そう(盗用)に違いない」などという、
最も短絡的な誹謗の類の典型だろうと思います。
こういうのは当時においても、現在においてもそう。
新興宗教というものは、どうしても如何わしくて胡散臭くて、
とても信頼などができないのです。
要するに、最初から“インチキ”だと決め付けているのです。
このようなものへの反論として、
私が編纂したこのウェブページを提供します。
URLリンク(houjugusya.web.fc2.com)
『シークレット・ドクトリン(秘密教義)』の真実
宝珠愚者編著
102:神も仏も名無しさん
10/11/25 11:03:47 niqHPDix
>>101
そう、まんま99の下二行なわけだ。超古代から遺されている 『ジャーンの書』に現行の宗教・聖典から補記してる。という主張。
>つまり、共通事項と類似性が見られることから、
>「やっぱりそうなんだ!そう(盗用)に違いない」などという、
阿弥陀仏や仏国土やらがゾロアスター教の影響と言えるのは、
宝珠にとって外側のモノにすぎないからだよ。 だからそのまま受け取る義理が無かった。
『霊界物語』の執筆速度が常人を超えていたり、ただの商人が説いた 『クルアーン』がアラビア語表現の最高峰であっても、そのまま受け取らないのも同じ理由だ。
後代に影響を与える人や教えなのだから、どこか尖った要素があっても当然だろう。と、「外側から見る人々」は考える。
しかし「内側で信じる立場の人々」はそうした傑出した部分が 信ずる相手の真正性を裏付けるもの、
少なくとも傍証にはになる、と考える。いまの宝珠のように。
103:宝珠愚者/代行
10/11/27 06:09:50 iczTyNKA
>>102
>阿弥陀仏や仏国土やらがゾロアスター教の影響と言えるのは、
>宝珠にとって外側のモノにすぎないからだよ。 だからそのまま受け取る義理が無かった。
つまり、この主張というのは、カルトに嵌った妄信者は“自ら脱することは有り得ない”という決め付
けになりませんか?
これも結局は程度の個人差なのでしょうが・・・。
自分の信仰する教えだけに留まらず、自ら外部情報(他の思想諸宗教やマスコミ情報)にも目を配
り、冷静に比較内省する意識も一方で持ち合わせていたことで、最終的には自らの意志によって脱
会を果たすケースについてです。
例えばこの場合でいうと、理路整然とした客観的な情報によって、阿弥陀思想そのものがゾロアス
ター教の影響(或いは意識的な導入利用)であったことを、ついに認めることにした阿弥陀信仰者が
現れるケースのことです。
これによってその人が、その後、これまでの阿弥陀信仰を捨てることとなるのか、或いは、自分なり
の理由付けにおいて納得することで阿弥陀信仰を続けるというものです。こ
の人はたぶん、これまでとは全く同じではなくて、きっと何か新しいことを取り入れるか、または、従
来の部分的な何かを自ら改善するかもしれません。そのようにして自らを納得させると・・・。
こういう人は出ないという考えで宜しいでしょうか?
外部からの情報や働きかけは無意味であると?
104:神も仏も名無しさん
10/11/27 08:44:32 w/6s/NT+
>>82 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:27:09 ID:U7mTfXau
>>81
>>一旦釈迦仏教に嵌った者には、大乗の空(竜樹や般若心経)を理解することは、
>>不可能か、極めて困難である。小乗と大乗とは、「異なった二つの宗教」である。
>>君は、本質的に異なる大乗を、懸命に小乗に引き込もうとしているだけ。石飛
>>も、その一例である。
小乗と大乗は異なった二つの宗教ではありません。
空の論理は大乗(大般若経)だけに説かれているものではなく、小乗(阿含経)にも説か
れているのです。ただ、空の論理を小乗の基本的な原理としては説いていません。なぜな
ら、仏教一年生に説くには早すぎるからです。
>>大乗の空とは、「物が実在しない」などという非常識な思想ではない。「厳然として
>>実在するが、相互依存性・関係性故に、執着すべき自性はない」ということに
>>過ぎない。
大乗経の空とは「物が実在しない」という思想です。
すなわち、空とは幻のことであって、幻(空)には物は存在しないという意味です。
もちろん自性もない。
105:神も仏も名無しさん
10/11/27 08:45:43 w/6s/NT+
>>82 :神も仏も名無しさん:2010/11/21(日) 10:27:09 ID:U7mTfXau
>>釈迦とは異なり、竜樹は「倫理・道徳」の「言葉」や「スローガン」は一切説いて
>>いない。その基盤をなす、「他者との相互依存性・関係性」という「原理」を
>>見出したのである。
倫理や道徳が説かれているのは小乗です。
なぜ、空と倫理や道徳が必要かというと、『縁起の法則』が存在するからです。
幻は心の中の思いから生じます。だから倫理に反することを行えば、それが因果応報の原
理によって自分自身に苦として返ってくるからです。
>>一方向的因果関係では、「因」が「果」を規定し、支配するという関係。そこ
>>には、大乗の空の片鱗も見当たらない。バラモン教の忌むべき業報論と何らの
>>相違も無い。
この世は空(幻)である法則によって、因果が生じていることを理解することが一番大事
です。
>>相互依存・関係性は、万物のあるがままの姿であるから、執着とはいえない。
>>人間も、関係性の中でしか、存在できないのだから。
空であるこの物質世界の存在は、人間の欲望(本能)によって造られています。
だから人間世界は『欲界』に属しています。
だから、一切の欲望を捨て、再び欲界に戻ることなく、天界に生まれよ。これが仏教の悟
りです。
106:神も仏も名無しさん
10/11/27 11:10:02 lZEoUeQK
>>103
>つまり、この主張というのは、カルトに嵌った妄信者は“自ら脱することは有り得ない”という決め付
>けになりませんか?
全くならない。宝珠が103で引用したレスは、本人が「外側」とみなす/感じる事柄について
「そのまま受け取らない」動機を述べたものであって、それ以上でも以下でもない。
むしろ内側のものすら疑う可能性があるのに、外側ならなおさら、と言えるだろう。
「論理的」「学問的」追求をためらう理由が無く、よって苦悩や葛藤も必要ではない。
102での他の記述も、「内側で信じる立場の人々」が、真正性の裏付け(特別扱いする根拠)と
みなすものを選び定める際の傾向を述べたものにすぎない。
当然ながら信じるものによって「裏付け、証」と選び定めるものは変わるし、
信じることを止めたり宗旨替えすれば、それまでやっていた特別扱いは中止されることになる。
107:神も仏も名無しさん
10/11/28 14:12:34 jecTxDsT
>>104
>(阿含経)にも説かれているのです。
具体的にはどこ?
108:神も仏も名無しさん
10/11/28 16:21:41 H/skmGhs
>>107
---------------------------------------
『一切諸行は皆空、皆寂にして、起こる者、滅する者是れ幻化にして真実
有ること無ければなり。』(阿含経)
----------------------------------------
一切の現象は皆空であって、皆寂静であって、生まれる者、死んで行く者、これらは幻化であって、真実に起きていることではない。
という意味です。
109:不説(規制明け) ◆AnATTa/dJc
10/11/28 17:00:50 3btYBKBC
>>104
>大乗経の空とは「物が実在しない」という思想です。
>すなわち、空とは幻のことであって、幻(空)には物は存在しないという意味です。
>>108
>一切の現象は皆空であって、(……)幻化であって、真実に起きていることではない。
それ(マーヤー)はヒンドゥ思想ですね。非仏教。
そもそも「阿含経のどこ?」と言われて
>(阿含経)
って、無茶苦茶な……
110:神も仏も名無しさん
10/11/28 18:26:08 H/skmGhs
>>109
**********************************************
雑阿含 巻の第十11775(手声喩経)の一部
比丘、謂ゆる生じ老ひ死し没し生を受くるの法なればなり。比丘、諸行
は幻の如く炎の如く刹那の時頃に盡き朽ち実来・実去せず。是の故に比
丘、空なる諸行に於て當に知るべし、當に喜ぶべく、當に念ずべし。空
なる諸行は常恒住にして不変易の法ならんやと、空には我我所無ければ
なり。
**********************************************
111:神も仏も名無しさん
10/11/28 18:29:17 H/skmGhs
>>109
おまけです。
**********************************************
雑阿含13200(尼拘律想経)
『今無上士の其の功徳を記説したまふを聞けり空しく梵行を修せざりき
我れ聞きて大いに歓喜す説の如く説に随ひて牟尼の弟子に順ふことを得
生死の長縻虚偽幻化の縛を滅せり世尊を見たてまつりしを以ての故に能
く諸愛を断除し生死の彼岸に度りて復た諸有を受けず』と。
**********************************************
112:神も仏も名無しさん
10/11/28 19:08:03 kAIruZhb
>>105
> 天界に生まれよ。これが仏教の悟りです
たとえ功徳を積んで天界に生まれても、時が経てばまた輪廻が始まるので、その輪廻そのものから
離脱する「悟り」が本当の救いだと釈迦は教えていたんじゃないの?
113:不説 ◆AnATTa/dJc
10/11/28 20:53:01 3btYBKBC
>>110
そこに引用されているのは「長く持続せず、一瞬で消滅してしまう」「常恒不変ではない」
という主旨のことであって、「世界そのものが元々一瞬たりとも存在せず、根っ子から空だ
とか幻」ということは一言も書かれていません。そのような考えは、むしろヒンドゥ教のマ
ーヤーの思想です。
さらに、
>>111のおまけ
>虚偽幻化の縛を滅せり
ですから、むしろ、あなたの発想のような「幻化」することの、その束縛(執著)を滅する
ことが説かれている文章と読めます。
114:神も仏も名無しさん
10/11/29 06:57:25 wvQMuzU/
>>113
大般若経からのおまけ。
**********************************************
『善現、意に於いて云何。色と幻と異なり有りや不や。善現答へて言く、不なり世尊と。
何を以ての故に、色幻に異ならず、幻色に異ならず、色は即ち是れ幻、幻即ち是れ色。
受想行識も亦復た是の如し。』
**********************************************
115:神も仏も名無しさん
10/11/29 11:49:53 NbPBrrSH
>>105
「天界に生まれたい」という欲望を持っていくら修行しても、解脱できる
訳がない。「解脱したい」「苦を逃れたい」「涅槃に入りたいという欲望も
同様である。釈迦は、全くの誤り。
116:神も仏も名無しさん
10/11/29 20:51:28 X8U9qDOg
T0099_.02.0072c08: 比丘。譬如兩手和合相對作
T0099_.02.0072c09: 聲。如是縁眼色生眼識。三事和合觸。觸
T0099_.02.0072c10: 倶生受想思。此等諸法。非我非常。是無常之
T0099_.02.0072c11: 我。非恒非安隱。變易之我。所以者何。比丘。
T0099_.02.0072c12: 謂生老死沒受生之法。比丘。諸行如幻如炎
T0099_.02.0072c13: 刹那時頃盡朽不實來實去。是故比丘。於空
T0099_.02.0072c14: 諸行。當知當喜當念。空諸行常恒住。不變
T0099_.02.0072c15: 易法。空無我我所。譬如明目士夫。手執明
T0099_.02.0072c16: 燈。入於空室。彼空室觀察。如是比丘。於一
T0099_.02.0072c17: 切空行空心。觀察歡喜。於空法行。常恒住
T0099_.02.0072c18: 不變易法。空我我所。如眼耳鼻舌身。意法因
T0099_.02.0072c19: 縁生意識。三事和合觸。觸倶生受想思。此
T0099_.02.0072c20: 諸法無我無常。乃至空我我所比丘。
117:神も仏も名無しさん
10/11/29 21:18:45 X8U9qDOg
『於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法』でぐぐった結果の一つ。
台灣佛教網路論壇-> 雜阿含經中已有説過如來藏性的存在了 - [ このページを訳す ]
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謂生、老、死、沒,受生之法。 比丘!諸行如幻、如炎,刹那時頃盡朽,不實來,實去。
是故!比丘。於空諸行當知、當喜、當念:空諸行,常、恒、住不變易法,空無我、我所。
譬如明目士夫,手執明燈,入於空室、彼空室觀察。 如是!比丘。於一切空行、 ...
tw-buddha.com/forum2/index.php?s...showtopic=6920... - キャッシュ
『於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法。空、無我我所』の結果の中には、こんなページも。
[PDF] 第四章龍樹中道縁起與假名空性之統一 - [ このページを訳す ]
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諸行如幻、如炎,刹那時頃盡朽,不實來實去。
是故,比丘!於空諸行,當知、當喜、當念;空諸行,常、恒住、不變易法空,無我、我所。」 (大正2,72c12~15).
參見《空之探究》第二章第五節〈常空、我我所空〉p.103。 6 詳見《空之探究》第四章第五 ...
video.lwdh.org.tw/download/lwdh/pdf/kztj/4/33.chp4_3.pdf
118:神も仏も名無しさん
10/11/29 23:02:04 X8U9qDOg
譬、如兩手和合相對、作聲。
如是、縁眼色、生眼識。三事和合觸。觸倶、生受想思。
此等諸法、非我非常。是無常之我、非恒非安隱。變易之我。
所以者何。比丘、謂、生老死沒、受生之法。
比丘、諸行、如幻、如炎、刹那時頃盡朽、不實來實去。
是故比丘、
【於空諸行、當知當喜當念。空諸行、常恒住、不變易法。空、無我我所。】a
【譬、如明目士夫、手執明燈、入於空室、彼空室觀察。】b
如是比丘、【於一切、空行、空心、觀察歡喜。於空法、行、常恒住、不變易法。空我我所。】c
如眼耳鼻舌身意法因縁生意識。三事和合觸。觸倶生受想思。
此諸法無我無常。乃至空我我所。
*(国訳一切経を見れてないので、特に墨括弧部分は、
恣意的・独善的読みしかできないw 先に謝罪するm(_ _)m )
譬えば、兩手の和合相對して聲を作すが如し。
是の如く、眼・色を縁として眼識生ず。三事和合の觸なり。觸と倶に受・想・思生ず。
此等の諸法は我にあらず、常にあらず。是の無常の我は、恒にあらず、安隱にあらず。變易の我なり。
所以はいかん。比丘らよ、謂ゆる生・老・死沒は「受生」の法なり。
比丘らよ、諸行は幻の如く、炎の如く、刹那の時頃に盡朽し、實に來たらず實に去らず。
是の故に比丘らよ、
【空に於いて(空なるものとして)諸行は當に知られ當に喜ばれ當に念ぜられるべきなり。
空なる諸行は、常恒住にして不變易の法なり。空にして、我・我所無し。】a
【譬えば、明目の士夫が手に明燈を執り空室に入り、彼が空室を觀察するが如し。】b
是の如く、比丘らよ、【一切の空行空心なるを觀察歡喜し、
空なる法に於いて、行は常恒住にして不變易の法なり。空なる我・我所なり。】c
眼・耳・鼻・舌・身・意と法の因縁により意識生ず。三事和合の觸なり。觸と倶に受・想・思生ず。
此の諸法は無我にして無常なり。乃至、空なる我・我所なり。
119:神も仏も名無しさん
10/11/29 23:08:56 X8U9qDOg
>>110
>>118
【 】bは、「諸法の空なることを観察する」という意味として、素直に読める譬喩ではある。
*ただ、≪「空なる場所(空室)で」(そこに入り、そこで)、「観察する主体」の存在≫
を許容する素地を有すものでもある。 この点は、パーリ小空経の
「○○について(於いて)空である」という言い回しの誤読要素と共通するかもしれない。
現に、>>117一つ目は、そこに(阿含時代に遡り得る)如来蔵思想の萌芽を指摘しているものと思われる。
また、(不説氏は逆の意味で読んでいるが)
【 】aも【 】cも、『空なること』を、不変にして、無始劫来あり続ける「法」(=『理法』)として見ているものと思う。
*これは『縁起』についても同様に言える。「古径を発見しただけ」という表現が実際に経典中にあるように、
《『縁起』という『法(理法)』は、常住不変なものとしてある》という考え方として・・。
ここに、《『法(ダルマ)』は常住する》という立場が担保されることになる。
勿論、【 】b及び、引用文の前後段における『「>三事和合」したものとしての空なる諸行・一切』を踏まえれば、
「自性無き事」へと龍樹により昇華される此縁性なるものであることが示されているとは言える。
「>空無我我所」「>空我我所」と、文が結ばれるように・・。
しかし、間に挟まれる「>常恒住、不變易法」という表現を見るならば、
扱いには注意する必要のある経だと思う。
*また、この短経全体は、寧ろ「無我相経」に近似する「五蘊無我(=一切法無我)」
を説く経ではないかと思える。
そして、「空なる○○」というキャッチフレーズは述べられているが、
「空であるとはどういうことか?」については詳説されていない。
(寧ろそれは、経全体として「三事和合(根境識の和合)」「因縁生起」による無我として説明されている。)
《阿含で「空」が説かれている》とするには、その意味でも、弱い、というのが私の個人的印象だ。
或いは、《後付理論で、「それは空のことを言っている」としているだけ》という感じもする・・。
120:神も仏も名無しさん
10/11/30 23:15:40 YIzZvI35
スレリンク(psy板:724番)
今月は、国会中継動画にどっぷり浸かってたんで、
もう、呆れるやら憤慨するやら悲しくなるやらの一ヶ月だったから、
ついつい、その方向でレスをよんでしまってね・・w
視聴が一区切りついて、その方向のテンションも下がってきたんで、
続ける気力も比例して下がったので一旦休止。 お騒がせしました・・w
ノシ
121:神も仏も名無しさん
10/12/01 02:53:51 oaPanVcz
URLリンク(webtv.hongwanji.or.jp)
築地本願寺はいつもたのしそうですな
122:神も仏も名無しさん
10/12/04 11:50:50 a0N7X6c0
スレリンク(psy板:273番)
>273 :゚ 。(*′∇`)。 ゚ 希美ちゃんは八王子在住の♂www:2010/12/01(水) 08:31:52 ID:dLa5eW2e
>>>268
>仏教なんて絵空事だよまぬけwww
>だーれもさとれない二次元彼女www
サロメの現在の仏教観。前にこのスレで言っていた好評価は本音ではなかったのか?
それとも(それでも)六道に象徴される人間理解だけは評価していたということか。
123:神も仏も名無しさん
10/12/06 05:45:18 RdWl4SW4
お経を勉強しても、実践的な知恵が無いと思うけど?
普段役立つような知識や知恵があるのかな?
それらを理解しても、悟ったつもりになるだけで、
かえってあまり考えないような人になるだけのような気が?
124:宝珠愚者/代行
10/12/06 22:04:14 115vj7rj
>>123
視野と人生観が変わります。
これらが根底から180度変化することによって、
結果的に、日常生活の在り方にも違いが生じてきます。
果たして、
自己の行為による結果と影響力は
“死後の自分”にもあるでしょうか?それともないのでしょうか?
この考え方の価値観は人生を根底から覆すものでしょう。
仏典はこれに対する一つの見解を示しているのです。
125:神も仏も名無しさん
10/12/06 23:22:03 8M35P3qg
>>124
一足飛びで「死後」(後生)へ行かずw、
《日常での、「日々めまぐるしく変転する“心の在り様”が観察(≒直視)されること」による
『「穏やかで、良き(善き)精神状態」と「他者への温かな視線」の育成・増長』に資する、》
くらいのことは言ってくれよ・・w
126:神も仏も名無しさん
10/12/07 12:28:47 0KCODVl5
>>125
そんなことが原始仏典のどこに書いてあるのかね。特に、「他者への温かな視線」。
ひたむきに生きている者は、自分の「心の有り様」など意識しない。心は生存
のためにフルに稼動しているからだ。それを意識するようになったら、心が既
に病んでいるということ。充分に生きてはいない、ということ。
そして、ひたむきに生きるためには、「他者への温かな視線」は既に不可欠と
いうことだ。
127:神も仏も名無しさん
10/12/07 15:09:17 Uw65yv9A
あの世とは時間が止まった状態のこと。この時間が止まった状態は生きてるうちに
到達することは可能ね。
128:隠居真理教に注意
10/12/13 11:21:57 k/DQKmup
病的一神教徒宗教者、隠居生命教脳の解析を始めようw
さて、隠居生命教は人間の精神苦の原因分析を否定し
病的一神教のように生命で解決できうる宗教である。
チリの閉じ込められた19歳のジミー君は毎日PTSDに苦しみ、母親と一緒でないと寝られない(朝日新聞)
らしが、
病的一神教徒宗教者、隠居生命教の宗教患者の脳の見方は異なるようであるww
153 :神も仏も名無しさん:2010/10/16(土) 19:57:57 ID:v434uxvf
>>152
チリの作業員たちは、生命が助かった喜びで、PTSDなどもはや存在しない
ようだな。
隠居生命教がこのような人間の精神の苦を無視できる病的宗教患者の姿の予想が可能であるw
隠居は幼児期、カルト系キリスト教教団(エホバ)による虐待を受けた、と予想される。
思考回路が病的なアルカイダ、タリバンの思考と同じである。
隠居的病的宗教患者の思考こそが宗教戦争の根源であるw
そして、最近の学説によると幼児虐待をする人間の脳は幼児虐待されているので、
感情のコントロールを司る、大脳辺縁系及び海馬の縮小が見られる、
他者の精神の苦や感情に対する共感が低下し、平気で残虐な虐待ができうる。
故に、隠居生命教は感情及び、人間の精神の苦の原因分析を否定し鈍感であるが故に、
人間の精神の苦、感情を分析する釈迦は隠居生命教で否定されるのであるw
釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスを
隠居によれば精神病であり、
他者の苦を共感して釈迦のように苦の原因分析、解決のプロセスは不要で、
他者の苦共感および原因分析、解決を必要としない、
アルカイダ、タリバン、オウムのようなカルト宗教、隠居生命教は正常であるらしいw
隠居生命教は釈迦のような他者の苦共感および原因分析、解決を否定し、
他者の苦共感および原因分析、解決の必要性を感じないw
他者の精神的な苦に対する共感が無い事、それが故にテロみたいな原理主義行為ができうるw
チリ鉱山の書き込みで明白w
129:神も仏も名無しさん
10/12/14 22:08:10 6rpiGuuR
スレリンク(psy板:782番)
> いやいや、パーリ・ニカーヤにもジャータカがあるでしょ。
> ということは一切智とアルハットの違いを認めてるということだよ。
> テーラワーダの教学は、そこら辺に自覚的ではないだけ。
いやいやw パーリ(≒上座部)の神格化が過去七仏に列位させる仏陀観だけとは言わないよ。
そこまでパーリマンセーするつもりはないさ。(尤も、先の流れではジャータカは捨象していたけどw)
パーリに於ける神格化の過程も、「在家目線のスター化」「比丘目線のスター化」という2方向で
仏典中に明確に辿り得ると思う。
ジャータカの発展は、(その訓話的性格とは別に)、その【要請】(誕生・原動力)として、
大乗仏教の仏陀観・悟り観とリンクする「(凡夫の、衆生の、人としての)願望、夢想」があると思ってるしw
*(違いと言えば、パーリには美空ひばりや大川橋蔵、原節子といったスターしか存在しないが、
大乗には、AKBやジャニーズあり、福山雅春や蒼井優、吉永小百合や高倉健あり、
といった感じか?www)
ただ、経蔵及び論蔵全体の中に悟りの階梯に於いて「仏陀とその前段階」という明確な区別が見られること、
「スーパースターとしての仏陀」という幻想が見られることは事実としても、
それは、49年の説法と入滅を受けた上での「歴史的結果」でしかない。
経蔵及び律蔵の中核として「仏=阿羅漢」であるという基本スタンスは失われていないと思っているよ。
「 >自覚的ではない 」という指摘は当たっているだろうが・・w
> ということは一切智とアルハットの違いを認めてるということ
貴方が「自覚的でない」と批評した通り、それが(異物感を纏いながら)教義上並存しているとしても、
やはり骨子として、漏尽智の獲得と阿羅漢の間に教義上の壁は無い。
(それは、経蔵及び律蔵大品のほぼ全てを否定することになる。)
その上で、蛇足的揚げ足をとればw、(しかし結構重要なポイントでもあるが)、
上の文は、『大乗仏教は、パーリ・ニカーヤに於けるジャータカの位置付けと対応する』
ということかな?
130:神も仏も名無しさん
10/12/14 22:24:26 tHGVfKDf
>>129
>経蔵及び律蔵の中核として「仏=阿羅漢」であるという基本スタンス
それが、原義の「敬われるべきもの」という意味ではなく、羅漢果という意味だと、一切智とは違うんですね。
一切智を得るためには、資糧積集しなくてはならないのがジャータカでしょ。
それと小乗には徹底的な懺悔がないでしょ。これも一切智である必要がないからだと思う。
なぜか、一切智を得るためには完全な過去の罪障を浄化しなくちゃならないから。
ところが小乗だと、戒定慧の段階を踏んで、無我を完全に悟れば解脱してしまう。
解脱した段階で、おそらく完全な過去の罪障を浄化してなくても、
もう解脱して輪廻しないから OK なんだと思う。
資糧積集しなくていいのも、その反面ね。
逆に一切智者は、完全に浄化して資糧積集しないと仏として転法輪する時に障害になるから、
そうするのだと思う。
というわけで、オイラは違うと思うよ。これはニカーヤでも結構暗示されてるけど、
『清浄道論』あたりになると、そうは考えなくなって「仏=阿羅漢」と捉えられて、今に至ってるのではないかと考えてる。
たしか石飛先生も仰ってた。
131:不説 ◆AnATTa/dJc
10/12/14 23:00:14 tCdJ5jYb
(前回の規制解除はたった1日の命でした。今回は何日保つでしょうか?)
>>130
素朴な疑問なのですが、「完全な罪障の浄化」というのは仏陀(菩薩)でも可能なのでし
ょうか? 確か、釈尊とデーバダッタとの因縁と、それによって釈尊が怪我する結果にな
ったことというのは、釈尊の過去生でデーバダッタに対して行った行為に起因するもので、
仏陀ですら、菩提を得ても、回避できないという解釈が(パーリ仏教限定かもしれません
が)されていたような気がします。
私のイメージでは、罪障の浄化というマイナスの処理よりも、波羅蜜を満たすという、プ
ラスの方をどれだけ積み上げるかという問題だと思っています。こういうイメージ自体が、
パーリ仏教的な思考の結果として得たもので、「徹底的な懺悔がない」ということなのか
もしれませんが。
132:神も仏も名無しさん
10/12/14 23:10:25 6rpiGuuR
>>130
私も全仏典を読破したわけではないしw、経証としての論証に今は踏み込むつもりは無いし、
「buddha」「arahan」の語義定義、及びその変遷の問題にもなってはくるが、
>『清浄道論』あたりになると、そうは考えなくなって「仏=阿羅漢」と捉えられて、今に至って
全く逆の(歴史的)位相で見てるのか・・。ふーむ・・。
しかし、いつも同じポイントが意見の相違として浮き彫りになるなw
・「輪廻」「三世に跨ること」(→今の場合には業の清算)、
・「菩薩(道)の優位性」(→“阿羅漢”の語義・定義及び経蔵(律蔵)中の位置付け)
・「悟り」「仏智(≒漏尽智)」「一切智」の位置付け(→古くは“心理カウンセリング議論”“パーフィット”にリンクw)
・(上記と被るが)「悟りの最奥部の崇高性」(→神棚に上げる必要があるのか?)
目立つところではこんなところか・・。
(一番上は、教義上外せないということは了解しているw
それ以外は、「我がこととして受け止める仏教」を考えた時、
巷に氾濫する「仏陀観」「仏教観」「修行観」「悟り観」等への違和感、反発が背景にあるかもしれない・・w)
他、又後日。
おやすみ ノシ
133:神も仏も名無しさん
10/12/14 23:10:40 tHGVfKDf
>>131
そこは解釈の分かれるとこですね。
シャカ族殲滅時の御頭痛とか。
134:神も仏も名無しさん
10/12/14 23:19:16 6rpiGuuR
>>131
お気の毒に・・。どマイナープロバやケーブル系への変更をお薦めしますw
ノシ
135:神も仏も名無しさん
10/12/14 23:50:49 tHGVfKDf
>>133
いろいろな道に縁起するのが仏教のいいとこね
おやすみ~
136:不説 ◆AnATTa/dJc
10/12/17 02:41:25 DDfmprVm
>>132
私は伝承的には縁起氏の解釈で何も問題ないと思います。
阿羅漢果的な意味では、仏陀も(辟支仏も)声聞も何も違いはないと思います。
パーリ仏教では、仏陀の特殊性は、世間の人を悟りに導くこと、教える能力について
の特殊性と解されている気がします。つまり、転輪王となる資質を持っている、世間
の多くの人を導く能力というのは、聖道とは別個の、俗世間的な資質の問題であり、
その資質に恵まれた人が独覚すると、聖道を教えることにおいても、法王になれると
いうニュアンスですね。反対に言えば、聖道、悟りの世界である彼岸(涅槃)におい
ては、仏陀と声聞の間に差異はないというのが基本的な考えという気がします。ただ
し、数ある経典の中には、涅槃後でも、仏陀と声聞の間に、絶対的な差異があるとい
う伝承的なものも存在するかもしれません。一切智というのが、彼岸の世界に関して
も差異のあるものなのか、俗世間に関する一切智なのかというポイントにもなると思
います。やっぱり涅槃では完全無我だから、ゴータマもサーリプッタもモッガラーナ
も師も弟子も誰もいないも同然だから、仏陀阿羅漢か、声聞阿羅漢かという分別自体
が無意味という考えなのかもしれません。
しかしもし彼岸においても差異があるのでしたら、どうせなら、「主席で卒業してお
きたいよね」というのが人情で(一度卒業したら「もう一度大学をやり直す」という
ことができないというのが解脱なわけですし)、そこが大乗の発想であり、縁起氏の
考えなのかもしれないと思います。たしか有部のアヴァダーナでは、モッガラーナ尊
者が、釈尊の絶大な神通力を見せ付けられて、解脱してしまったから今さら輪廻に戻
って菩薩道を歩むことは不可能だとガックリうなだれているエピソードがあったと思
いますが、むしろ有部の経典に大乗的な菩薩道優位を説く萌芽が見られるのも興味深
いですね。
>>134
いくら何でも、2ちゃんねるだけのためにプロバイダ変更はできませんよ (^^;
137:神も仏も名無しさん
10/12/17 07:25:21 jXbmt6wL
>>136
非常に共感します。
有部律は大乗に接近してますよね。
そこから、菩薩の死、七地沈空の難までもう一歩って解釈ですね。
138:神も仏も名無しさん
10/12/19 15:18:53 lc+0clFN
スレリンク(psy板:856番)
60代になれば誰しもが必ずそうであるか、というと必ずしもそうではない。
二十歳になれば分別ついた立派な社会人になるか?
高校大学を卒業すれば、誰しもが社会の構成員としてふさわしく在れるのか?
そうではないだろ? そこには、個々別々に大きな時間的ズレがある。
また、確かに『「死」への怖れ』へと一括直結させることの短絡性が指摘されることはあり得ていい。
だが、同軸上にあり、その極に「死」があることを踏まえれば、外してはいないと思う。
だから、やや晦渋に過ぎたが以下のように
>今回なら、「現状」や「生」への過剰な期待・執着が、
>裏返しの如く、それらの「阻害」や「喪失」への恐れ・不安としての「象徴・極たる死」への恐れとなって
と述べた。ここで重要なのは、「極として死がある」ということよりも、その軸の上にある
「過剰な期待や執着の阻害・喪失が、不安・怖れの因」であろう、という部分だよ。
そして、 >受容できてくる のは、期待や執着の度合いや質が変化するからだよ。
その変化が微小であったり、強度が保たれ続けた時、どれだけ歳を重ねても受容できない60代となる。
一般論としての、平均的ゼネレーションとしての総論ならともかく、
個別の具体的事例は、数字(年齢)でレベル分け(段階分け)できることじゃないよ。
で、同軸上に連関してあるものだから、どのような軸であるかが問題なわけで、
その意味で、
> つまり、死を・・・・・・・・・・・等々の恐怖ではないの? も
> 精神的なものより肉体的な苦の方が怖いのでは? も
同軸上にある一連なりのうちの部分ということになる。
(そしてちなみに、肉体的な苦も、精神的苦へと集約されるものなわけさ。)
「死への怖れ」に特化させて考えるのではなく、そこへの軸を提示したつもりだったんだけどね・・。
139:神も仏も名無しさん
10/12/20 07:52:05 bX/acJhW
質問箱が議論場になってしまってますね。嘆かわしい。このまま以前に逆戻り?
スレリンク(psy板:676番)
>大乗と小乗とは本質的に異なる宗教であることは、もはや常識ではありませんか。
これって具体的にどういうことなんでしょう?
「本質的に異なる」という為にはコンセプトが根本から変わってなければならないと思うのですが。
しかしながら全ての仏教は「仏になること」を目指しています。
難解な哲学も(仏教でいう)真理を理解する試みであり、現世利益もそれ自体は最終目的ではありません。
阿弥陀浄土も仏になるための場所であって、一般的な天界天国とは異なる。
「いずれは仏になる」というコンセプトを抜き取り、さらにそこから気に入った部分だけを抜き出して
自前のコンセプトで肉付けでもしなければ「本質的に異なる」モノにはできません。
140:神も仏も名無しさん
10/12/20 09:05:05 NrXLkKuT
>>139
生命教にレスするとそうなるよ
141:神も仏も名無しさん
10/12/20 09:16:44 lwg/e9Rv
日本人の土地を強奪しパチンコ屋を作った朝鮮人
URLリンク(jbbs.livedoor.jp)
142:神も仏も名無しさん
10/12/20 09:56:40 b7UjeGkS
スレリンク(psy板:880番)
また後出しジャンケンですかw
スレリンク(psy板:878番)中の例でも、
・〈争い(議論)のヒートアップの結果として「暴行」「生命の剥奪」が導かれるケースが共通項としてあり得る〉とか、
・〈上記の例は、(政治的なものを除き)『個対個』としての殺人が導かれることはあっても
『集団と集団の殺人』は導かれ難く、宗教的争いは逆に『集団対集団、集団対個』の間での暴行、生命の剥奪が
導かれ易く、『個対個』の間での「暴行」や「生命の剥奪」は導かれ難い、という差異がある〉とか、
各論に入ることが吝かではないにしても、それは結果的に導かれる副次的、二次的要素であって、
構図・構造上の相似を否定するものではないという反論も可能だが、
最初から質問箱880を要素として組み入れた発言であったなら、
最初から、「(結果的に導かれる)二次的要素」をも視野に入れた差異の提示(反論)であったなら、
一理あるのでスルーしていたよw
*(ちなみに、後者の観点として「宗教的対立、及び政治的対立」が、
なぜ、『集団対集団』或いは『集団による個への弾圧』が生じ易いかと言えば、
それらが、「規範・倫理、秩序維持、生活水準・質の維持向上といった形での社会への貢献」が期待される
という要素を持つが故に、『共同体(ひいては社会)全体の価値観』として「保持、遵守、従属・追随すべきもの」として
受け止められるからであるが・・。
逆に他の事案は、〈当該価値観が、社会全体では共有され難い「個の価値観」である〉という差異に依ると言える。))