11/09/22 02:23:58.16 j4m4vurC
全編自我の弁明にしか聞こえないのは同じことを語る祖師と比べれば明らかですがもう一点
頭の悪い私でも、それらを信じている人に、全部幻想だよ、などと言ってみたところで反感を買うだけであることは分かりました。
「みんなドラマを楽しんでいる」
「いいじゃないか」
一方、私は、これらに気づいて安心し、OK、もういいや、と思いました。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
そんなところでしょうか。
(>>528-530)
悟りの一瞥を得て初めて自我を持てる。
それまでは自我などなく思考の群れがあるだけだ。
そして自我を持っている人だけが自我を失える。
失うと全体性があると聞いている。
1さんは自我を得た際に自我に閉じこもることを選択してしまったようです。
自らを失い他者や世界すべてと融合しそして消えてゆくような自我の方向性ではなく、
世界から隔絶しただ一人幸せであるような自我の方向性に。
oshoの言葉を別の角度で表現するとこうなります。
自分がないのではなくそれは自分しかないのではあるまいか。
自分がなく全体であるということと、自分しかなく他者とのかかわりを捨てるということは一見似た認識をもたらす。
別に悪いことではない。誰も迷惑は受けない。
だけど光明ではない。ありふれた自我で知性的な人間であれば飽きる。