10/10/15 00:20:16 cldHRcKw
>>912
体験の深さ浅さはともかくとして
ビオラさんの悲壮なる決意、十字架の自覚は危ういのではないかと感じます。
まあ余計なお世話なんだけどもハラハラさせられます。
小学生の時に学級会で、
「私が主日礼拝に出ていることが取り上げられたことがあります」
私はまず校区内の枝集会の土曜学校に誘われ、
次第に校区外(境界から50m外)の教会の主日礼拝や日曜学校に参加するように
なつたのですが、親同伴でないと校区外に出かけたらダメという校則がありました。
それで「校則違反です。親同伴で行きましょう」と決議されてしまったのです。
だけども私の親は完全なる無宗教ですので親が私と共に教会に通ってくれるわけがない
と思ってましたので、大胆に反論したのですが徒労でした。
普通ですと、反省してお開きとなるのですが、頑固な私は議決後も
「通うのを止めない」という立場を崩しませんでしたので
居残りを命ぜられ、こんこんと担任から「通うな」と説得され禁止されました。
しかし私は拒絶続けました。
小学生のガキでも宗教行動の自由について他人から干渉されると
従うことはできないわけです。
私は殉教者の気持ちがよくわかります。殺されても枉げないわけです。
しかし私はそんな頑なな信仰が深いとは思いません。
遠藤周作のような「弱さ」を隠さない信仰の方がはるかに深いと思います