10/10/14 23:46:43 8IuTK8vT
そしてイエスが神の子であることを知らされたサウロの内的ショックと混乱を考えて下さい。
再び現代的に言えば、共産党の中央執行部の幹部が、共産理論が偽りであり、
実は聖書の使徒行伝からヒントを得て創作されたものであることを知った瞬間に喩えられるでしょう。
かつて天皇を「現人神」と信じ込み、お国のために命をも投げ出そうとした人が、
戦後どのような精神状態をくぐられたか考えて見てください。
あるいはもっと卑近な例では、自分の親と信じていた人が実は違っていた場面を想像してください。
自らのアイデンティティーと信条が根底から覆されるのです。
まさにサウロにとって、この事件は彼の十字架でした。
彼はいきなり「ペヌエルの経験」をしたのです!
彼は砂糖まぶしの福音を聞かされつつ、自問自答を繰り返して、
ある日ようやくイエスを告白する決心をする、現代のクリスチャンたちのような
回心ではなかったのです。否応無しの、極端に言えば、暴力的な回心の経験だったのです。
URLリンク(www.kingdomfellowship.jp)
究極的にヤコブは、神御自身によって体の中で最も強いもものつがいを触れられ、
ついにびっこにされます!彼は神から直接に最終的な打撃を受けたのです!
この段階でヤコブは生まれつきの自分自身の強さを打ち砕かれたのです。
この地にちなんで、この経験を「ペヌエルの経験」と言います。
クリスチャンであれば必ずある時期において、この自我(魂)が打ち砕かれる経験をします。
自分にとって打撃であるこの経験は、実は次の祝福へのステップなのです。
ヤコブはこのような状況にあっても神からの祝福を、いわば「もぎ取る」のです!
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よくわからんのだが、つまり普通のクリスチャンが体験する回心体験が
自我の打ち砕かれる体験で、それがないと「砂糖まぶし」ということなのであろうか。
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現代のキリスト者には回心体験がないが
パウロや私にはあるのだということなのだろうか。
唐沢氏の回心体験をご拝聴したいものだが、それはさておき。。。