10/10/14 00:21:43 8IuTK8vT
>>846
ビオラ神学に拠ると 霊と魂をなぜ切り分けるのかと言うと
私たちが生まれながら自然に持っている「いのち」ではダメなので
1.十字架によってまず神の霊によって人の霊が新しくされる
2.この最初の時、神の霊は、人の霊と人のいのちを切り分けることで
人のいのちを永遠のいのちに転換させる
3.しかしこの永遠のいのちは不安定であり第二の「十字架の御業をより深く実際として経験」
という神秘体験が必要だという。
これは「水の洗礼」だけではダメで「異言を伴う聖霊のバプテスマ体験」がいるという
悪名高きアッセンブリと同じ構造となっているのではないかと思うが
なぜあなたたちは「十字架」だけで満足できずに神秘体験が必要と思うのか
「十字架」に対する【冒涜】のたぐいだと私は思うが誤解だろうか?