10/10/09 09:52:21 2vNXhBeY
もうひとつ注目したいのはビオラ氏(ヴィオロン氏)が引用されている
アッセンブリ佐々木正明氏の論文「ペンテコステ神学と預言の実践」の一文
URLリンク(www.geocities.jp)
「預言が受け入れられ、預言者が受け入れられ、預言者職さえ回復されたと主張し、
それを実行する人々が出現する混沌の中で、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドは、
公式には、あまり強固な神学的立場を明確にせず、様々な意見や立場の者を受け入れ、
福音主義的な聖書観を強調しながら自由に論争させて、自然の淘汰に任せる方法、
あるいは、神様のご配慮にお任せするすると言う方法を取ってきました。
ですから、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドの歴史を見ると、常にかなり極端な主張や
活動が現われてきていながら、全体としては、遠心的な分散乖離をもたらす
非聖書的主張が中心となることはなく、常に基盤として立つ福音的な聖書の理解に
一致して行こうとする、求心的な方向を保ち、組織的には緩やかでありながら、
強いまとまりを持った運動として成長して来たと言えるのです。
言い方を変えると、
アッセンブリーズ・オブ・ゴッドは常に非聖書的見解や極端な主張をする人々を内に持ち、
またその教えに晒されながら、大きな捕らえ方では、それらの人々を直ちに排除するのではなく、
忍耐と時間をかけて、聖書をもって指導しながら、そのような主張や見解が沈静するのを待つ
という方向性を保って来たのです。」
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極端な思想をただちに排除せず、受け入れて忍耐を以て聖書的信仰を指導しいく
という穏健文化がアッセンブリの文化であるとすると
山田牧師がシュタイナーにはまっている人に受洗したのは
アッセンブリ文化に沿ったものであると言えるのではないだろうか
逆に村上氏は極端なことをする困ったチャンなのであるが
アッセンブリではこういうタイプも赦されているということなのだろう