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阪神大震災・オウム事件・三塚総理擁立
阪神大震災では事前に発生を予知していたものの、信奉者を混乱させるとの大川の配慮によって予言は封じられた。
結果として5000人以上の犠牲者を出すものの、その後の被災者への救護活動は、あの山口組を凌駕するほどの熱心さで信奉者によって大々的に宣伝された。
オウム真理教事件に於いては、その発端となった目黒公証人拉致監禁殺害事件での目撃者に大川の信奉者がいたことから、早々と糾弾に動いた。
元々、1990年に大川は自らの信奉者をオウム教祖の麻原彰晃に論戦を挑ませたが、仏教に関する知識の無さが祟り物の見事に論破されてしまう。
東大を現役合格して且つ法学部に在籍した大川としては、東大を目指すも浪人で終わり逮捕された経歴もある麻原に自分の教えが否定されたことを逆恨みし、その怨念をこの場で晴らそうと相当躍起になった。
もっとも、それ以前から公安によってオウムは内偵されていて、大川が騒ぐ間も無く麻原とゆかいな仲間たちは一網打尽されてしまう。
阪神大震災・オウム真理教事件と自らを売り出す格好の機会を得た大川は、積年の鬱状態から一転して気分が高揚してしまい、今度は創価学会の池田大作の向こうを張ろうと妄想を抱いてしまう。
そんな折も折、自民党の実力者・三塚博の妻が大川の信者と知人であるということを知る。
時に自民党と創価学会の政治部門であった新進党とが激しく対立していた時期でもあり、ご機嫌取りに伺う幹部職員のでっち上げた数をそのまんま信じてしまった大川は、三塚を総理大臣に擁立しようと一大市民運動を企図する。
しかし、そのキックオフとなる筈だった日比谷公園での集会では大川の予想の1/10しか集まらず、加えて肝心の参院選では自民党が新進党の後塵を拝する惨敗を喫してしまい、再び大川は鬱状態に入る。
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