11/07/26 21:31:03.83 OlJDqA9h
>>925
それは汎神論なのでは?
不二一元論というのは、神以外いかなるものも実在しないというもので、
天国も地獄も天使も悪魔も不殺生も殺生も菩薩も阿修羅も、
すべては実在しない幻影(マーヤ)と見なす。
927:神も仏も名無しさん
11/07/26 22:45:11.83 dLCzhpoR
宗教に興味がなかったコメディアンが、
LSDをやったことにより、いきなり不二一元論と同じようなことを言うのが
興味深いね。
化学物質によって、エゴが一時的に消滅すると
インドの聖者と同じような世界が見えるんや。
928:神も仏も名無しさん
11/07/27 01:56:19.26 qqh3+nfA
「宗教に興味なかった」なんてどこにも書いてないけど。
Wikiには"南部バプテストの敬虔な家庭に育ち"とある。
929:神も仏も名無しさん
11/07/27 08:38:16.11 mkp7Ozfn
>>922
シラフで同じ状態にもっていけるようになったら、いろいろわかってくるよ
930:神も仏も名無しさん
11/07/27 08:54:18.32 RVTY2JqQ
>>928
「共通認識としての物語」にこだわってもねえ。
「神」も物語なわけだし。
931:神も仏も名無しさん
11/07/27 12:59:41.70 qqh3+nfA
「共通認識としての物語」にこだわっているのではなく
「宗教に興味なかった」という認識の元は?って聞いているだけ。
ソースがあることなのか、単なる間違いなのか、願望から来る歪みなのか
前にも勝手に"彼は「自分の前に座る人に限っては、ハタ・ヨーガをする必要は
無い」といいました。"という人がいた。
学校のテストを思い出せばいいが、人は覚え間違い、思考間違いはいくらでもやらかす
んだよ。俺だって仕事でいくらでもミスをする。
ミスを指摘されれば頭に来ることもあるが、またやっちまったかと思うだけだ。
932:神も仏も名無しさん
11/07/27 16:06:08.36 RVTY2JqQ
>>931
どこまでいっても「物語」でしょ。
933:神も仏も名無しさん
11/07/27 17:38:34.51 lcQWtDP/
>>928
それは親の話でしょ。
どんな家庭で育ったかということが書いてあるだけでしょ。
親が熱心な宗教信者だと、洗脳されるか宗教嫌いになるか
どちらかだね。英語版によると
Much of Hicks's routine involved direct attacks on mainstream society, religion, politics, and consumerism.
ですとよ。
934:神も仏も名無しさん
11/07/27 19:02:34.72 qqh3+nfA
>>933
親の話だが、
あなたも理解している通り、そういう親を持った子供の心の中には
肯定否定どちらにしろ宗教というものが特別な位置を占める。
それで引用した。
この引用からすれば「宗教に興味がなかった」とは思えない、という意味。
「宗教に興味がなかったコメディアンが」と書いた人が答えてくれるのが一番いい。
935:神も仏も名無しさん
11/07/28 18:38:28.47 oOIaFJMo
『Ramana Puranam』 233-40
ごまの種の中の油のように、あなたは自らを私の内にかくしてしまい、
そうして、私の中にあるあなたの存在は明らかには見分けられなくなった。
無知としてしられるあのヴェールのため、私のハートの内にある真実は深い闇の
中にすっかり覆い隠されてしまい、こういう事情で心はともかくも外にむかった。
惑わし、世界を5つの感覚の認識として表す多様性の力をつうじて、それらを
「あれ」として知る私の心は困惑し、それらを有益であるとみなしながら、
それらをさがし求めた。
936:神も仏も名無しさん
11/07/28 19:31:28.74 oOIaFJMo
241-43
その追求は、それ自身欲望へと発展し、決して終わることのない生まれ
の連続を生じる種となり、生(と死)という幻の巨大で邪悪な木を誕生
させた。
937:神も仏も名無しさん
11/07/28 19:44:19.43 oOIaFJMo
244-47
私の忘却の中で、私はその木にいる鳥となり、私の心は善と悪の行為に
混乱させられた。
四方八方を見渡して、困惑の中で、私は無益に繰り返し甘い果実と
苦い果実をむさぼり、幾度も幾度も止むことのない楽しみと苦しみを
経験した。
938:神も仏も名無しさん
11/07/28 20:12:17.70 oOIaFJMo
248-54
わたしの心の中に明晰さのかけらもない、そのうんざりした状態におい
て、私のまさに生命であり、楽しみと嫌悪の感情から自由である王は、
真理である彼の恩寵を通じて、無価値なろくでなしである私を死から救
うためにアルナイの都市に、比類ない聖者として現れた。
そして、慈愛に満ちたまなざしを通じ、彼は私に神聖で蓮華のような足
をあらわし、私に豊饒な止むことない、実在かつ意識であるアンブロシア
を注ぎ、私の心は静まった。
939:神も仏も名無しさん
11/07/28 20:16:02.66 oOIaFJMo
詩の形式で書かれていて、私には難しくて、訳にあまり自信がないのであしからず。
940:神も仏も名無しさん
11/07/28 20:18:54.50 Shv3osFK
>>939
感動しましたよ。ありがとうございます。
941:神も仏も名無しさん
11/07/29 00:04:27.70 Cd60GQDt
>>931
"彼は「自分の前に座る人に限っては、ハタ・ヨーガをする必要は
無い」といいました。"という人です。
まあ酒を飲まない限り2ちゃんには書き込まないので、
正確でなかったことを書いたのを謝罪します。
他の方が指摘していた内容が正しいです。
ただラマナが面前にいればハタヨーガやクンダリニーニヨーガが必要ないのは確かです。
それらの技術はサットグルがいないという人々のために作られましたから。
つまり身体を動かす系統のヨーガは、アドヴァイタの準備段階として価値があります。
なぜ真我を実現するためにハタヨーガをするのか。
信仰ではなく技術として考えてみるのも面白いかと思います。
942:神も仏も名無しさん
11/07/30 14:27:49.90 FkQs2BgJ
>それらの技術はサットグルがいないという人々のために作られましたから。
お酒のせいか、また変なこと言ってる気が。
「自分は有用だと思う」でいいんじゃないですか?
943:神も仏も名無しさん
11/07/31 17:57:12.47 iimrb2/F
Ramana Arunachala - Arthur Osborne Asramam Publication: 2007 edition
Sri Bhagavan and Buddhismの抜粋
言葉の上では、スリ・バガヴァンとブッダの教えには、スリ・バガヴァンがただアートマンのみ
があると宣言したのに対し、ブッダはアートマンは全くないと宣言したという点において、矛盾
がありあります。
しかしそれは、言葉の上以上のものではありません。というのも、スリ・バガヴァンは「アート
マン」という言葉を普遍的な自ら(universal Self)として使い、それはニルヴァーナのことで
すが、ロード・ブッダはそれを個々の魂(individual soul)として使ったからです。
そして、スリ・バガヴァンはまた個々の存在はまったくないと説いており、それは、
それ(個々の存在)が死後に継続しないというだけでなく、今もないという意味でです。
「死後どうなるか全く気にしないように。今あなたがなんであるか見つけなさい」
944:神も仏も名無しさん
11/07/31 23:12:17.49 f5hUWe1q
>>942
ハタ・ヨーガの聖典『ハタヨーガ・プラディーピカー』の
第一章1-1から1-3に書いてあるよ。
「ハタヨーガは高遠なラージャ・ヨーガに登らんとするものにとって
すばらしい階段に相当する」
訳本は佐保田鶴治 『ヨーガ根本経典』より。
945:神も仏も名無しさん
11/08/03 08:42:36.02 wgVM6qy6
>>944
ハタ・ヨーガのそういう主張は理解してる。
ラマナ自身が触れてるし。
俺が言いたいのは「それらの技術はサットグルがいないという人々のた
めに作られました」ってどっから出てきた話なんだ?ってことなわけだが。
「サットグルがいない人のために歴代のたくさんのただのグルが作り上げた」
のがハタ・ヨーガなんて聞いたことがないんでね。
946:神も仏も名無しさん
11/08/03 19:19:51.60 A7KtHn/h
嫌なことがあった
良いことがあった
それをわけて考えるなら、それは世界が悪いのでなく
自身の性格に問題あるから
全ては神の奇跡である
いやーわかっていても奥の深い宗教だな、それは日々感じる