11/08/29 13:33:26.32 DortK4vy
空也上人と言えば京都の六波羅蜜寺を思い出す。六波羅蜜寺は空也上人が開いた。インターネットで
の記事によると、西暦963年、諸方の名僧六百名を招き、金字大般若経を浄写、転読したという。夜
には五大文字を灯じ大萬灯会を行って諸堂の落慶供養を盛大に営んだ。URLリンク(www.rokuhara.or.jp)
六波羅蜜寺には、真夏に万灯会という祭りがある。皿に灯芯を大の字に組み、これを燃やす。全部で
百八個並べるそうだ。大の字は地水火風空を象徴するという説明があるそうだが、この説明は後代の後
付けだろう。死体を燃やしている火葬を再現している祭りに違いない。万灯会は、八月十六日の京都五
山祭りの原型である。五山祭りでは、京都大文字山で大の字に火を燃やす。
葬式仏教とは、現代仏教に対する悪口である。しかし、日本の大衆仏教は空也上人の葬儀仏教、火
葬仏教から始まり、これこそが、多くの日本文化の母体であり、日本のアイデンティティーであること
も忘れてはならない。
空也がたき火の前で護摩行を始めると、人々は酒を飲み出し、歌い、踊り出した。穢れ落としである。
死体の収集と運搬と焚きつけという一連の作業の疲労と、とりついた悪霊とを発散させるため、人々は
どんちゃん騒ぎを行った。盆踊りの起源である。日本の民謡、猿楽、田楽などの新曲は、こうしたどん
ちゃん騒ぎの中で披露され、大勢の前で歌手、舞踊家が新人デビューを果たした。少し時代は下るが、
観阿弥・世阿弥・出雲の阿国などは、穢れ落としのこうしたどんちゃん騒ぎの中で新人デビューを行い、
芸を磨き、自信を深めてプロの道に進んだ。
僧には托鉢という生き方がある。托鉢は釈尊以来の仏教の伝統だが、仏教の伝統のなかった古代の日
本で最初にこれができた人は、僕はすごいと思う。恐らく空也上人だろうと思う。空也上人は、火葬ボ
ランティアで人々の信頼を得、僧は、国家からの支援が無くても、自立的に生活ができる道を開いた。
これが、政府に頼らない大衆仏教のスタートである。
332:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/08/29 13:35:30.16 DortK4vy
日本全国には弘法池という名のため池が多い。戦国時代、高野山は激しい戦火に襲われ、多くの坊さ
ん達が旅の僧となって全国に散った。彼等は高野聖、空也聖と呼ばれた。空也聖は合戦があったと聞く
と、現場に行き、傷ついた兵隊を介抱し、死んだ兵隊は敵味方無く火葬を行なった。彼等は各地で人々
の信頼を得、地元に密着し、全国様々な場所で大衆を統合し、民間の力で土木事業を行ったのだ。
清掃環境事業、児童福祉事業、土木環境事業、空也上人とその意志を継ぐ人々は、僧を名乗って社会
に働きかけた。空也上人のすごさは、民間ボランティアでその実行が可能であることを立証し、実践し
たことだ。空也上人の後、続々とその意志を継ぐ人が出現した。彼等は勧進僧とも言われた。朝廷も大
名も一目置く存在となった。
勧進僧の思想は何か。僕は法華経にあると思う。六波羅蜜寺は、現在では真言宗智山派の寺院である。
しかし、空也上人が亡くなった直後、弟子達は天台宗を名乗った。空也上人自身は社会活動家であり、
あまり理屈を言う人ではなかっただろうと思う。空也上人の後、六波羅蜜寺は、天台宗、その後は真言
宗と変わっていることをみれば、定まった教義はないとも言えるだろう。しかし、空也上人から六波羅
蜜寺を継承した高弟達が天台宗を名乗っていたと言う点で考えれば、法華経との思想的関連性を考えな
ければならない。
法華経は、少なくとも空也上人の直弟子達にとって、不可欠の精神的支柱だったろう。親鸞の思想と
完璧に調和する思想、それは観世音菩薩普門品である。
333:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/05 16:46:49.79 W1b4TnwW
ホームページ 親鸞仏教
悪人正機論 加筆しました www.しんらん.jp
参加予定
フジテレビ抗議関連デモ
9月16日(金)花王デモ スレリンク(offmatrix板)
9月19日(祝)チャンネル桜フジテレビデモ URLリンク(www.ch-sakura.jp)
334:神も仏も名無しさん
11/09/06 19:55:15.32 6rN24P3y
とーかいさんデモなんか参加するの?
335:神も仏も名無しさん
11/09/06 21:48:39.82 rar2s1jS
高野聖は妻帯する者が多かったそうです。
親鸞聖人が尊敬していたという教信も奥さんと子供がいて
手伝い仕事で賃金を得て生活していたとか。
336:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/07 11:32:33.02 LGfM1v4d
>>334
>デモなんか参加するの?
その予定です
韓国・中国からの情報戦侵略が余りにも激しいんで心配しているんだ。
>>335
>高野聖は妻帯する者が多かったそうです。
そうかも知れませんね。高野聖と名乗り、実体は旅忍者、旅芸人、旅商人という人もたくさん
いた。一人で何役もこなしている人もいたでしょう。
室町時代は混沌の時代だった。婚姻届などがあるわけなく、忍者僧が、初対面の女といきなり
肉体関係を結び、次の瞬間にその女を殺すという凄惨な話だってあったと思います。婚姻届など
ない時代、何をしたのか。子作りか、謀略か、強姦か、浮気か、自由恋愛か、愛情表現か、遊技か、
冗談か、諜報活動か。
大東亜戦争中は、結婚式の翌日が特攻隊出撃の日で、一夜だけセックスし、写真を抱いて死ん
でいった兵隊もいただろう。セックスは生涯一度だけだったという夫婦もある。
セックスだけが夫婦関係ではない。現代では、別居婚、セックスレス夫婦というのもある。それで
は僧が、女性と一緒にお茶を飲んで会話し、分かれた場合、それはどうなのか。
妻帯とは何かなど、僕は意味のない議論だと思います。
坐禅持戒は真功を用いてなり 汝若し修せずしてすなわち仏になるといはば 喩へば飢えたる
人のひろく風を掩ふがごとし(五会法事讃略抄 親鸞真筆)
なぜ坐禅持戒を求めるのか。それは真の効果を必要とするからだ。坐禅持戒なく、念仏だけす
れば仏になると言われて、坐禅持戒を疎かにすれば、それは腹の空いた人が自分に向かって吹い
てくる風を、腹の中に押し込めようとするものだ。腹の足しにならん。腹をすかせた仏になって、
どれだけの意味があるというのか。坐禅を忘れるな。僧は戒律を守れ。
337:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/07 11:34:40.01 LGfM1v4d
「親鸞という人は口先だけの人だったんです。他人に言うことと、自分がやっていることは天
と地ほども違っていたんですよ」。
死人には口がない。自己弁護の道具として、死んだ人の悪口を言うのは勝手です。
悪口というのは、もともとその人の品性の現れです。僕は品性卑しくない。「親鸞という人は
言行一致の立派なひとだった。持戒持律の清僧だった」。反証がない限り、ぼくは親鸞という人
をそのように推定することに決めています。
>親鸞聖人が尊敬していたという教信も奥さんと子供がいて手伝い仕事で賃金を得て生活してい
たとか。
教信は高野聖ではない。勧進僧でもない。還俗して運送業を営んでいたわけでしょう。佐川急
便、日本通運、ヤマト運輸の人で奥さんがいて子供がいて、しかも誰からも尊敬されて語り継が
れる立派な人はいくらでもいる。運送業者の人が結婚してもびっくりするようなことではないと思
う。
338:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/08 18:54:39.50 9r7i020y
親鸞聖人は、僧籍にありながら結婚し、子供を産んだ。
親鸞聖人は、破戒僧だった。
これはマルクス主義に毒された侮蔑真宗学と言うべきだろうと思う。
一般によくいわれる自虐史観と、心情的根っこを同じにする。
渡海難の主張は、蓮如の時代の思想に戻す復古真宗学であるとと
もに、自由主義史観という考えに対比させれば、自由主義真宗学と言う
べきだろうと思う。
339:神も仏も名無しさん
11/09/08 21:18:32.09 RYgRmnRl
戒律を守り座禅をするのが渡海流念仏なのですか。
よくわかりました。
340:神も仏も名無しさん
11/09/08 21:44:10.94 RYgRmnRl
ところで、法然上人は戒律を授けることをよく
されたようですが、親鸞聖人も戒律を授けたのだろうか。
「もし末法の中に持戒の者有らば、既にこれ怪異なり。市に虎あらんがごとし」
法然上人も、同時代の念佛批判の急先鋒であった明恵上人も持戒の清僧だった
という。末法燈明記はその時代、最澄の真作と信じられていたようだが
親鸞聖人はどのようなお気持ちで、化身土巻に引用されたのだろうか。
正直よくわからない。
341:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/09 12:10:15.98 6q9KE3b0
>>339
>よくわかりました。
心得たと思うは、心得ぬなり。心得ぬと思うは、こころえたるなり。 ~ 少しも、心得たる
と思うことは、あるまじきことなり」と、仰せられ候う(聞き書き)
慎重に考えたいものですね
>>340
>親鸞聖人も戒律を授けたのだろうか。
聖人を招請し、即ち剃髪して御弟子となりたまう。聖人かたく止め給えども、荐〈しき〉りに
申されしかば、ちからなく戒師となりて薙染(ちせん)せしむ。 ~ 真仏房と法名を授けたま
いき。 ~ 真仏はいまだ十七歳の御時なり。(親鸞聖人正統伝)
親鸞聖人を招き、剃髪して親鸞聖人の弟子となった。親鸞聖人は、それだけは止めておこうと
言われたが、真仏上人は強く要望された。親鸞聖人はやむなく戒師を引き受け、真仏は僧服に衣
を替えた。親鸞聖人は、真仏房という名を与えた。 ~ 真仏は十七歳の時である。
正統伝は、高田専修寺での伝承を編纂したもので、親鸞聖人正統伝を歴史学上どのように評価
すべきかという問題が一つあります。親鸞聖人は授戒をしなかったという主張に疑義を挟む根拠
にはなるでしょう。
仮に親鸞聖人正統伝が正しいと仮定した場合、聖人はいったん固辞したとあります。これは、
誰に対しても固辞したのか、相手が一七歳の真仏だから固辞したのか、二通りの可能性がありま
す。
真仏が強く求めたとということは、親鸞聖人の日頃の言動で、戒律の重要性を強く主張する思
想があったということを伺わせるでしょう。
342:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/09 12:12:17.22 6q9KE3b0
尚、現代の本願寺も、末寺の坊さんは本願寺で得度するが、確か、門主は青蓮院で得度する。
形式的には受戒もするんでしょう。蓮如上人は東大寺で受戒していた。違っていたら訂正してく
ださい。
>親鸞聖人はどのようなお気持ちで、化身土巻に引用されたのだろうか。正直よくわからない。
非常にいい質問です。
さて、困った。この問題は、>>329にもあったプレスクール論と直結します。親鸞思想の本質
と関わります。しかし、この問題に触れていくと、>>332の流れが切れてしまう。>>332は大事
なところに入っています。戒律論は後で議論したいと思います。
親鸞聖人を侮蔑する従来のマルクス主義侮蔑真宗学では、親鸞聖人における戒律論を説明でき
ません。高田派の伝承教学の中では戒律を重んじる主張が継承されていたようです。大きな問題
ですので、自由主義真宗学の立場でいずれがっちり議論したいと思います。
343:神も仏も名無しさん
11/09/12 20:12:57.52 cJ/SOcSe
僕もデモへ参加しようかな
344:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/13 15:01:01.40 ydQOj0I9
自由主義真宗学は、マルクス主義者がでっちあげた侮辱的真宗学が侮辱的に隠蔽と歪曲と破壊
をしている親鸞聖人の教えの陰の部分に平等に光を当て、陰日なたなく資料を整理し、現代に伝
えようとしている仏教の神髄を明らかにします。
>>332
病院には、人は何のために行くのでしょうか。病んだ体を治し、元気を取り戻し、再び社会に
出、世のため人のために働けるようになるというのが目的です。ですから、病院に入るというの
も、病院から退院するというのも、全て、社会のため、世のため人のためという目的があるので
す。
かの土に生じ已りて、奢摩他・毘婆舎那・方便力成就することを得て、生死の稠林に回入して、
一切衆生を教化して、共に仏道に向かえしむるなり。もしは往、もしは還、みな衆生を抜いて、
生死海を渡せんがためなり(証の巻き)。
念仏道場極楽浄土には何のために行くのでしょうか。奢摩他・毘婆舎那ができるようになり、
世のため、人々のために尽くそう。人々を指導していく協調性と指導力を得、多くの人々が林の
ように肩を寄せ合い、再起(生)と挫折(死)とを繰り返している世界に戻ろう。人々に正しい
道を教え、正しい道に向かわせよう。そのようにすることが目的です。ですから、念仏道場に行
くというのも、念仏道場を卒業するというのも、全て世のため人のために尽くそう、再起(生)
と挫折(死)とを繰り返す世界を、一人でも多くの人々が安全に渡れるようにしよう。これが目
的です。
345:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/13 15:05:24.61 ydQOj0I9
小学校は一年生から六年生まであります。中学校は一年生から三年生までです。高校は三年生
が最高学年です。学部大学は四年生が最高学年です。
念仏道場にも段位があります。四段が最高学位です。五段になるときは卒業です。礼拝(第一
門〔初段〕)、讃嘆(第二門〔二段〕)、作願(第三門〔三段〕、観察(第四門〔四段〕)。初段で
は、「こんにちは」という挨拶を教わります。挨拶は南無阿弥陀仏です。二段では、「おもしろ
いな」「たのしいな」という思いを味わいます。味わいは南無阿弥陀仏です。三段では奢摩他を
実践します。南無阿弥陀仏を称えて練習します。四段では毘婆舎那を実践します。南無阿弥陀仏
を称えて練習します。
奢摩他・毘婆舎那の詳しい内容は、天台小止観などを読んでください。五会念仏をしながらこの
本を読むとよくわかります。
奢摩他・毘婆舎那が実践できるようになると自ずから方便力が成就します。四段を卒業すると五
段になります。このときは念仏道場を卒業します。念仏道場での成果を発揮する番です。これを回
向と言います。
出第五門とは、大慈悲をもって一切苦悩の衆生を観察して、応化身を示して、生死の園、煩悩
の林の中に回入して、神通に遊戯し、教化地に至る。本願力の回向をもってのゆえに。これを出
第五門と名づくとのたまえり。示応化身とは、『法華経』の普門示現の類のごときなり。
五段になると念仏道場を出ます。阿弥陀仏の化身となり、仏の慈悲を実現します。再起・挫折
・再起・挫折で苦しんでいる人の状況をしっかり観察し、仏の身代わりとなって、世のため人々
のために尽力します。奢摩他・毘婆舎那を背景とした協調性と指導力を発動し、人々のために尽
くすことが仏の救いの実現です。その具体的内容は『法華経』の観世音菩薩普門品に従います。
世界中で観世音菩薩普門品を実践する観音菩薩のような人材を配置しよう。親鸞の窮極の理想
はこの言葉の中に含まれていると思います。
空也上人の精神を継承した弟子達は、『法華経』の観世音菩薩普門品の実践が目標だったと言
うべきでしょう。観世音菩薩普門品には何が書いてあるのか。それを読んでみよう。
346:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/20 13:54:54.89 KKjRiubL
ホームページ 親鸞仏教
死について 加筆しました
www.しんらん.jp
347:神も仏も名無しさん
11/09/20 14:01:20.77 haGJi7Qu
デモお疲れ様
348:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/27 11:22:49.66 s63giIKL
>>345
仏身を以て得度すべき者には、観世音菩薩即ち仏身を現じて為に法を説き、辟支仏の身を以て
得度すべき者には、即ち辟支仏の身を現じて為に法を説き、・・(法華経普門品)
もし、教育者という姿で導くのがふさわしい相手であったときは、教育者という姿で出現し、
相手に真実を説く。専門家という姿で導くのがふさわしい相手であったときは、専門家という姿
で出現し、相手に真実を説く。
梵王の身を以て得度すべき者には、即ち梵王の身を現じて為に法を説き、・・・・帝釈・自在
天・・・優婆塞・優婆夷(同じ)・・・
大政治家という姿で導くのがふさわしい相手であったときは、大政治家という姿で出現し、相
手に真実を説く。・・・・政治家、有力者・・・一般男性、一般女性(同じ)・・・
ここで言う得度とは、生死の苦海を渡って涅槃の彼岸に至ることを言う
(URLリンク(dictionary.goo.ne.jp))。再起・挫折・再起・挫
折の連続の苦しみを吹っ切れた世界に達することを言う。
種々の形を以て諸の国土に遊んで、衆生を度脱す。
観音は、様々な姿を取って様々な姿を取って人々を救う。度脱とは、生死の苦海を脱することだ。
善男子、若し無量百千万億の衆生あって諸の苦悩を受けんに、是の観世音菩薩を聞いて一心に
名を称せば、観世音菩薩即時に其の音声を観じて、皆解脱することを得せしめん。
もし、害に遭おうとしている子供の泣き叫ぶ声を聴けば、観音菩薩は直ちに救いにくる。解脱
とは苦しみから解放することだ。
今日より後は我をこそ 冥土の親と思うべし 幼き者を御衣の 袖やたもとに抱き入れて 哀
れみたまうぞ有難や(地蔵和讃)
「今日からはね、このおじちゃんが、君たちのお父さん、お母さんだ」。僧は、小さい子供を
衣の袖や袂に抱き入れ、優しく抱擁する。親を亡くした子供に、空也は、今日から自分がお父さ
ん、お母さんだよと言って抱き入れた。
親を亡くし、食べるもの、寝る場所、着る物を失った子供には、空也上人は食事と、寝場所と、
衣類とを与えた。
349:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/27 11:24:50.62 s63giIKL
腐乱した死体が散乱し、悪臭を放って人々が困っていれば、空也は恐れることなくそれらを焼
却した。日照り、干ばつで水が枯れれば、空也聖達は、ため池を作り、あるいは新たな井戸を掘
った。
もし、如來の所有の身業を見たてまつらん、まさに知るべし。これすなわち、如來とするなり。
これ眼見と名づく。・・・口業・・・これを聞見と名づく。(大般涅槃經要文 親鸞真筆 専修
寺蔵)。
突如出現した方であっても、その身の振る舞いに、如来が行うような振る舞いを見たなら、そ
の方を如来のように尊敬しよう。これを眼見という。・・・(「言葉」も右に同じ。「これを聞
見という。」)・・・
もし、色貌を見ること、一切衆生のともに等しきもの無くば、まさに知るべし。これすなわち
如來とすべし。これを眼見と名づく。・・・音聲微妙最勝・・・
突如出現した方であっても、その姿が、普通のひとから抜きん出ていれば、その方を如来のよ
うに尊敬しよう。これを眼見という。・・・(「声の響き、微妙な言葉のニュアンス」も右に同
じ)・・・
もし、如來所作の神通を見むに、衆生のためとやなせん、利養のためとやせん。若し、衆生の
爲にして、利養の爲ならずば、まさに知るべし。これすなわち如來とするなり。これを眼見と名
づく。・・・他心智・・・聞見となづく。
突如出現した方であっても、その専門的な実践行為が、自分の利益のためではなく、多くの人
々のため、公共のためにしていると分かれば、その方を如来のように尊敬しよう。これを眼見と
いう。・・・(「他人の心を見極めるその精神」も右に同じ。これを聞見という。)・・・
空也上人を尊敬し、その名を常に心に秘めていた人々は、苦しい大火に見舞われることがあっ
ても、自信と勇気にあふれ、決して身を焦がすことはなかった。洪水に見舞われても、自信と勇
気にあふれ、身は浅瀬にあった。暴風雨に遭っても難を免れた。
350:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/09/27 11:26:54.02 s63giIKL
空也上人は経典を人々に解説するような人ではなかったろうと思う。人と議論をするような人
でもなかったろう。生きた法華経、行動する法華経そのものだったに違いない。人々は、空也上
人の中に仏性を見た。人々は、児童福祉を実践する空也上人に、突然に地中から出現した地蔵菩
薩を見た。腐乱死体を焼却し、環境整備を行う空也上人に不動明王を見た。念仏を勧める空也上
人に阿弥陀仏を見た。
日本において、社会児童福祉、環境清掃福祉、環境土木は、事実上空也上人から始まる。空也
上人の行動は多くの人々の賛同を得た。空也上人の生き方に賛同する人は勧進僧と呼ばれ、多く
の人々がその生き方を真似た。親鸞聖人もそんな賛同者の一人だったのだ。
空也上人の生き方に賛同する人々の中には、親鸞聖人の主張に賛同し、親鸞聖人に教えを教わ
ろうという人々が多数出現してきた。これが浄土真宗である。親鸞聖人の教えと空也上人の生き
方は、同じなのか。どこが違うのか。それを考えてみたい。
351:渡海 難 ◆Fe19/y1.mI
11/10/08 13:59:50.55 aT8dTVke
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