11/08/11 19:17:16.67 dHiXjfJU0
疑うという行為なら、デカルトもそうだが、疑った上で、最後に残った疑えないものを信じるわけで、それが方法的懐疑。
cogito ergo sum
デカルトの到達点が正しいかどうかは別として、方法的懐疑には、学ぶところがある。
先入観を取り除き、調べるという作業は大事かな。
一つの罠として、国のためにと奇麗な言葉を使えば、正しいように思える。
高岡のフジテレビの件にしろだ。
しかし、その人の交友関係、所属団体、対立する相手を見てみれば、事実が分かる。
所詮、まやかしにすぎない。
共感させようとしているが、違う。
真実の中に、嘘を混ぜる。平等な批判ができない。
だから、常に矛盾を含んでいる。