10/11/26 01:05:46 XwUhgqRG0
>>76
だーかーらーwww
ペテロは泣いて悔い改めたから無問題
ダビデだってそうだった
ヨナなんて預言者なのに神に悪態ついてるし
聖書の神は懐広いんだよwww
78:A 千年王子 Z
10/11/26 09:28:28 xH803BcB0
>>77
>ペテロは泣いて悔い改めたから無問題
あんた、あのスレ読んでいたんでしょ。
それについても返答ずみ。
928 :正式な代理人はペテロの後継者じゃないよ:2010/11/25(木) 11:44:11 ID:Y5bI8+MM
>号泣して悔い改めたけど?www
「悔い改めた」とは書かれてないよ。
「外に出て、激しく泣いた」(マタイ26-75)
と書かれてあるだけです。
よく読め。
勝手に付け加えるな。
泣いても手遅れ。
してしまったことは取り返しがつかないよ。
79:道化
10/11/26 09:33:56 72U2umNO0
>泣いても手遅れ。
>してしまったことは取り返しがつかないよ。
??
これも勝手な解釈じゃないの?
80:道化
10/11/26 09:36:15 72U2umNO0
だって、神がペテロを罪人として扱った、なんて記述は聖書にないんだし。
ユダに関してでさえ、ただ単に首吊って死んだ、とし書かれてないんだよ。
81:A 千年王子 Z
10/11/26 09:59:57 xH803BcB0
では、まず、基本に戻ろう。
イエスはペテロに「天の国の鍵を授ける」と言った。
この「天の国」とは、霊界の天国という意味ではない。
御国、地上天国、千年王国、イエスが支配する義の王国、黙示録に書かれてある「新しいエルサレム」のこと。
日本語訳で「天の国の鍵」と書かれてあるが、これは、
「天の国の入り口にある門の扉は閉まっていて、錠前で封印されている、
その門を開ける為の鍵」
という意味だろう。
イエスは「私は門である」と言った。
これは、「天の国に入る為には、私(イエス)を介さないと入れない」という意味。
しかし、その門の扉には鍵がかかっていて、入れない。
天の国に入るには、その門を開けなければならない。
門を開ける為には「鍵」が必要。
その「鍵」をイエスはペテロに預けた、という。
しかし、ペテロはその鍵を使って門を開けただろうか?
確かに、ペテロは「ペテロの手紙」をいくつか書き、それは新約聖書に収められている。
それらの文書は、「鍵、ヒント、解説」のような気もするが、はっきりしない。
82:A 千年王子 Z
10/11/26 10:23:50 xH803BcB0
さて、ペテロは各地で布教活動をしたが迫害されて、
ローマに辿り着き、そこで、逆さ十字に架けられて殉職して葬られた。
その墓の上にバチカンのサンピエトロ大聖堂が建てられたという。
ペテロの死後、その自称後継者達がペテロを初代ローマ法王にまつりあげ、ローマ・カトリックという宗教団体を設立していった。
そして、ローマ・カトリックの長であるローマ法王は、
そのペテロが貰った「天の国の鍵」を代々引き継いでいる、としている。
つまり、「自分達こそ、イエスが留守にしている期間(昇天から再臨までの期間)
の正規の代理人であり、イエスからその権能を預託された者達だ」
と考えていて、
それを彼らの権威の源にしている。
つまり、ローマ・カトリック、あるいはそこから派生したキリスト教会全体は、
「自分達を介さないと天国には入れない」としているから、
信者もそれを信じて献金などしているのだ。
ところが、もし、この前提が崩れたらどうだろう?
教会はイエスの正規の代理人ではない、鍵も預託されていない、何の権能も持っていない、
天の国に入ることと教会は無関係だ、
教会を介さなくても天の国に入れる、
となる。
もし、そうだとしたら、教会自体の存在価値が無くなってしまう。
教会というのは、ただの聖書愛好家、聖書研究家の趣味の団体にしか過ぎなかった、
となってしまうのだ。