10/10/29 21:46:17 TIA3yJYi0
男の子の目が浮かぶ。
はっきりと、脳裏を埋めるように。
「まさか、印象に残っただけでしょう。ほんと、ずっと見てたんですよ、男の子が」
先輩はペンを回す。
くるっと回ったペンは、なにやら複雑に指の間を回り、手のひらに帰って来た。
どうやらとんだ高等テクを練習していたらしい。
「そこじゃない。お前は葬式を昨日の下校中に見たんだろう。なのに何て言ったか。暑そうだった。日に照らされて。昨日は、曇ってただろうが」
記憶を辿るまでもなく、確かに空は重い灰色に包まれていたのを覚えている。
だが、確かに見た。
葬式に参加している人達は、皆黒い喪服で、その喪服が日に照らされて酷く暑そうだったのを。
「一番最近、あそこであった葬式は今年の夏のことだ。確かにあったんだよ、葬式はな。ただ、お前が自転車で走っていたのは、いつだったんだろうな」
愕然としている俺を、にやつきながら見ている。
俺は、いつの葬式を見ていたのか。
俺と自転車は、どこを走ったのか。
「ああ、それとな」
先輩は思い出したように言う。
俺はもはや何かを言う元気が無かった。
「死んだのは、親父じゃない。その夏の葬式、送られたのはあそこの長男だ。お前は知らなかったみたいだが」
確か、えらく高齢になってから出産した子供がいて、その子の歳が五歳くらいだったはずだ。
昔、家の前の道路で遊んでいたのを見たように思う。
その朧な記憶は、どうやら間違いなく昨日の少年と合致しそうだった。
「いやあ、珍しい経験したなあ。時間を越えて、しかも死人に見つめられるとは。すごいなあお前」
笑う先輩を、図書委員がうるさいと叱った。
先輩と葬式 終