10/11/29 23:54:31 9E/BbYtg0
>>269
>祈願でも
何かが入ると何かを失う。運気もお金もそう。
神への祈願も、その仕組みの中で、前倒しにしたりしているにすぎない。
あれ、叶ったらそれはいわば借金なんだ。だからこそ、神はなかなか聞いてくれないわけ。
容量そのものを増やすには人間の努力や、徳の積み重ねなど、現実の力を使うしかない。
真言は、それを簡易に行うツール。ある意味、危険。
>相手にはね返すとか、どこかに流すとか、
>相手の攻撃する意思そのものを無くさせたい、
はね返すのは、これまた呪詛と同じ。そして力そのものが雪だるま式にふくれあがるので危ない。
流すのも、まわりに流れ弾が当たる可能性があり、どうかと思う。
呪詛で力を飛ばせる人間は、精神力が強固。思いを変えさせるのは並大抵ではない。
力の性質を変えるのが一番いいと思う。