10/06/06 07:38:07 x7JUOY1Q0
規則正しい音が響く。
無機質な機械が並ぶ白い部屋で、私と妻は顔を合わせる。
乱れることなく響き続けるこの機械音が、心臓が鼓動する事を示す音だけが。
妻の最後の望みの糸だ。
『脳死』
それが、医者によって下された診断。
こうやって顔を合わせても、私も妻も黙ったまま。
かつての幸せな笑顔も歓談する声も、とうの昔に失われてしまった。
私の声は妻には届かない。
妻の思いを知るすべは私にはもう無い。
そんなふうにぼんやり考えていると、別の人物、担当医が入ってきた。
「先日のお話ですが」
事務的に切り出す医者。
「こちらの準備は全て整いました。後は、ご家族の同意だけです」
「ええ、お話を聞いて、よく、考えました」
医者に返答する声は、震えている。
「子供はまだ若い。そして現状維持の費用は高くてとてもじゃないけど払い続けられません。
既に借金も重ねています。これ以上はもう、どうやっても…
お話いただいた件、確かなんですよね?」
「お任せください」
足元を見られている、そんな感覚はある。老獪な医者は多分腹の中で笑っているはずだ。
だが、背に腹は変えられないのも現実だ。
「確かにこの国では未熟な技術だが、成功すれば現在よりももっといい状態で生き続けられる。
勿論あなた方の生活も」
「…宜しく…お願いします」
堪えきれない嗚咽が漏れる。
だが、これで、生き続けることを望む者が皆救われるのもまた事実。