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「風立ちぬ」は80年に歌手デビューした松田聖子さん(47)の7枚目のシングルです。
作詞は松本隆さん(60)、作曲は大瀧詠一さん(61)という、ヒットメーカー同士による作品でした。
レコーディングは81年8月。でも、デビュー2年目の松田さんは当初、歌いたがらなかったそうです。
「良い曲だけれど、私には向いていないと思います」というのが言い分でした。
それでもレコーディングを始めたら、取り越し苦労だと分かりました。
松田さん自身が後に自著で「レコーディングも佳境に入った頃には、完全に、この曲のとりこになっていた」と
告白するほどのできばえになりました。
元CBSソニーのディレクターで、松田さんを発掘し、長く担当してきた若松宗雄さん(69)は、
それまでもあえて、松田さんが抵抗を覚えるような楽曲を歌わせてきたと振り返ります。
作曲に財津和夫さん(61)を起用した4枚目のシングル「チェリーブラッサム」(81年1月)の時も、そうでした。
それは、すぐ飽きられるただのアイドルではなく、色々な一流ミュージシャンと仕事をすることでセンスを磨き、
魅力を広げてほしい、という戦略だったのです。
「風立ちぬ」で狙ったのは「文学少女的な、知的なイメージ」(若松さん)でした。歌手としての内面をより深めてほしい。
前作「白いパラソル」から本格的に詞を提供することになった松本隆さんに相談し、
2人は、夏から秋に向かう高原を舞台にしようと決めました。念頭にあったのは、堀辰雄の小説「風立ちぬ」だったそうです。
松本さんは、かつて堀辰雄がポール・バレリーの詩から「風立ちぬ いざ生きめやも」の一節を引用したように、
堀辰雄の小説を「本歌取り」しました。かつて中学生の時、修学旅行で行った軽井沢の万平ホテルで見た、
風の抜けるカフェテラスをイメージしたといいます。
デビュー以来、アイドルらしいアップテンポの曲を歌ってきた松田さんは、
「白いパラソル」でミディアム調の歌に挑戦、続くのが「風立ちぬ」で、バラードでした。
男性ファンはとまどいましたが、それまで松田さんを「ぶりっ子」と見て距離を置いていた女性たちの心を逆につかみました。
50万枚を超えるヒットとなり、松田さんが「普通のアイドル」から脱皮する転機の曲となりました。