11/01/21 22:13:30 F63FiR/V0
>>262
直系長子(ただし中宮・皇后の子)に拘った挙句、女子しか成長出来なくて、
その娘と傍系男子と結婚させて存続させたケースは
天皇家ならそれなりにあると思うがな。
典型的な例は欣子内親王と光格天皇だね。
保元の乱は、崇徳天皇の実父が白河天皇という噂話が当時からあったことも
父天皇(鳥羽)と不和になった原因の一つだし。
南北朝の争いのきっかけは、後醍醐天皇(弟)は父天皇(後宇多)にとって
後二条天皇(兄)の子孫に皇位を継がせるための中継ぎ扱いでしかなく、
そのルールを容認した鎌倉幕府を倒し、己の子孫に継承させようと
横槍を入れたからだもの。
多分、南北朝ではなく両統迭立について語りたかったのだろうなと思ったけれども。
これ以上はスレチなので省略。
要するに愛子様はご自身の力だけで登校し、普通に小学生生活を送ることすら
難しいお子様なのだから、天皇の責務を担わせるには心身ともに弱すぎて、
お気の毒だと思うよ。
あまり丈夫ではないと言われた大正天皇ですら摂政を置いたくらいなのだから、
今報道されている愛子様ならば、登極は相当難しいのでは。
愛子様がもしも心身ともに健康な親王だったら、女帝論は起こらなかっただろうに。