10/12/30 18:01:28 VXxlCZbG0
当時の神余隆博国連政策課長は、「英国の提案を逆手に取って、常任理入りの積極論者、小和田次官らと共に、
悲願達成に向けて動き出した」(文芸春秋九四年一一月号)と伝えられる。神余氏の課長就任はこの直前の
一二月二〇日だった。
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39 :可愛い奥様 :2010/10/02(土) 10:39:22 ID:fVBx6PtZ0
こんなのも出てきますね。OWD残党要注意。
>1991年1月、湾岸戦争の多国籍軍への自衛隊派遣を狙った国連平和協力法案の廃案を受けて、タカ派として
>知られる丹波実氏が国連局長となります。前任局長の答弁が悪いとして、小沢一郎自由民主党幹事長が更迭を
>求めた結果でした。
>
>タカ派の丹波実氏を起用したのは、小沢一郎自由民主党幹事長。
>
>丹波氏は小沢氏の著書の執筆者の一人ともいわれています。
>
>そしてPKO協力法案の国会提出を翌月に控えた8月、小和田氏が事務次官に就任、国会が紛糾する中で12月
>には神余隆博氏が国連政策課長に就くなど、PKO協力法成立のための体制が整えられていきます。
>
>1993年6月23日の新生党結成まで、小沢一郎さんは自民党に在席して、外交問題ならぬ派閥抗争、
>権力闘争を繰り広げていたわけですが、彼が自由民主党の幹事長であった92年以降も、丹波国連局長や小和田氏、
>神余隆博氏などが、カンボジアとモザンビークのPKOへの日本の参加を推進しております。
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