10/11/14 15:03:45 XIirkile0
特定の誰かを「売国奴」と罵る時、愛国の心情はかなりヒートアップしている。ほとんどヒステリー状態も同然、と私の
目には映るのだが、どんなコトバも多用すれば、貨幣と同様インフレとなる。今や「売国奴」も「及び腰」とか「自虐的」
といった軽い語感を伴い、ちょっとでも親中、親韓の態度を示そうものなら、そのレッテルを貼られかねない。他人にそ
ういわれるのを恐れるあまり、先手を打って、誰かをそう呼んでおこうという臆病者も現れる。戦時中は「非国民」とい
うコトバで、大政翼賛の結束を強めたものだった。いつの時代も自分の国を他国に売り渡した者は子孫の代まで恥辱を味
わうことになっている。領土の割譲なんて売国の最たるもので、その汚名を引き受けることになりはしないか政権与党の
政治家は戦々恐々としているに違いない。明治維新の時も1945年の敗戦の時も「売国奴」の候補はたくさんいた。外
国を排斥すれば、それが愛国になるわけでもなく、海外利権を漁り、私腹を肥やした国家の「功労者」もいたはずで、評
価はいまだ定まらない。本当の売国奴は愛国を声高に叫びながら、裏で漁夫の利を得ているものだ。日本で反中を叫べば、
中国では反日暴動が起きる。両国の愛国市民は互いに「傷つけられた自我」を回復しようと、反中や反日を叫ぶ。両国の
市民同士がお互いに仲よく相手の愛国心を煽ってもいる。憎み合う敵同士は互いに似てくるのだ。本来、隣人とは道義を
こそ競い、相互理解に努めるべきなのだが、「友好」が「売国」と見做されると、その次は戦争となってしまう。(作家)
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