【インタビュー】私と新聞 荒川弘さん(漫画家)に聞くat MOEPLUS【インタビュー】私と新聞 荒川弘さん(漫画家)に聞く - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト1:落月亭立流φ ★ 10/10/18 18:35:33 http://www.asahicom.jp/national/update/1015/images/TKY201010150467.jpg 新聞週間(15日~21日)にちなんだ日本新聞協会のインタビューで、漫画家の荒川弘さんに聞いた。 ■ずっと付き合う 「新聞によって、報道する立場や見解が少しずつ違うでしょう。いろいろな新聞を読みたいと思っているんです」。 現在、単行本26巻で累計4500万部という大ヒットを飛ばしている漫画「鋼の錬金術師」(スクウェア・エニックス)を生んだ人だ。 「鋼の錬金術師」は、錬金術が力をもつ異世界が舞台。 錬金術師のエルリック兄弟は、死んだ母親を生き返らせようと、禁じられた「人体錬成」に手を染めて失敗。 その代償として失った体を取り戻すため、2人は旅に出る。 「月刊少年ガンガン」で連載し、6月に最終回を迎えた。単行本最終巻の27巻は11月に刊行予定だ。 物語を作るうえで、新聞は大切な情報源だったという。 例えば、主人公である兄、エドワードがなくしたのは右手と左足。彼は「機械鎧(オートメイル)」と呼ばれる義肢をつけている。 「義手や義足関係の記事が役に立ちました」 「人体錬成」のほかにも、「人造人間(ホムンクルス)」「合成獣(キメラ)」など、身体を改造したキャラクターが大勢登場する。 「iPS細胞(人工多能性幹細胞)など、身体分野の記事は興味をもって読んでいます。研究の進化のスピードがすごいですよね」 さらに、各紙が例年8月を中心に特集する戦争をめぐる記事は、「作中で描く戦乱のヒントになった」と振り返る。 荒川さんは、北海道・十勝の酪農農家に生まれた。朝刊は、前日の夕刊とともに昼ごろ郵便局が配達していたという。 中学生のころ、地元紙に1コマ漫画を投稿していた。採用されると800円の原稿料がもらえる。 「毎月の小遣いがなかったから、稼ごうと思って。採用されたのは2、3回でした」 1999年にエニックス21世紀マンガ大賞を受賞して上京。 アルバイトや漫画家アシスタントを経て、2001年から「鋼の錬金術師」の連載を始めた。 この作品はどうやって生まれたのか。 日本有数の酪農地帯で育ち、牛のクローン技術の最先端に接していた。 「クローン牛はあまり丈夫でないのか、生後すぐ死ぬものが多かった。それが不思議でした」 上京後、警備会社のアルバイトでリハビリセンターの場内工事の現場に行ったことがある。 義手や車いすの職業訓練施設や、義肢装具センターがあった。 交通事故で足を失った人が、当時のむちゃな運転を教訓にして強く生きている姿が心に残った。 「失ったものの代わりに得るものがあるということを考えました。私にはわからないものを心には抱えているのでしょうが、あっけらかんと話をしてくれた」 そんな記憶のかけらと、「壁や床から、武器など別のものを作って取り出したら絵的に面白い」といったアイデアが組み合わさり、物語が誕生した。 新聞はネットと違い、ニュースの重要度で記事の大小があることが有益だと指摘する。 「世間的にはこれが大事なのか、ということが分かる。それに、ランダムに情報を拾おうとするなら新聞です。 ざっと読んでいて、目がとまる記事がある。なぜ気になったか考え、そしゃくすると、今、自分が何を考えているか再発見することがあります」 お金がない時でも、新聞だけはとっていた。 「ずっと付き合っていきたい媒体です。ページをめくるたびに何が出てくるのか楽しみ。時間をかけてゆっくり読めるし。 そもそも、紙が好き。持ち歩きできるし、読み終わった後も使い道がある。そのうえリサイクルできますよ」 ◇ 〈略歴〉1973年生まれ、北海道出身。漫画家。 2001年から10年6月まで「月刊少年ガンガン」(スクウェア・エニックス)で「鋼の錬金術師」を連載し、人気を博した。 朝日新聞 http://www.asahi.com/national/update/1015/TKY201010150469_01.html 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch