10/03/06 11:49:14 tH4BmCs/
清原はずば抜けた才能と素質を持っていた。だけどそれを引き出してくれるコーチとの出会いに恵まれなかった。
肉体改造も間違った選択だった。過激なスライディングも膝の悪化の一因となっていた。
デッドボールを避けない信念もケガを増やす要因だった。デッドボールの後、調子を悪くすることが多かった。精神面も繊細で弱かった。
これらのことはしっかりしたコーチがついていれば全て解消出来た。
清原だって人間だ。欠点や弱点があって当然だ。それを客観的に見て良いアドバイスをしてくれるコーチとの出会いが必要不可欠だった。
王を育てた荒川のようなコーチがついていたら間違いなく王の記録を塗り替えていた。
しかし、清原はさすがに天才だった。間違った方向へ進路をとりながらも西武の四番としてチームを8回の優勝と6回の日本一へと導く偉業を達成している。
500本塁打、2000安打、1500打点を達成したのは清原、王、野村、門田、落合、張本の6人しかいない。いずれも時代を代表した偉大なバッターである。
しかしその中で一番重要なチーム優勝に多く貢献しているのは清原と王だけである。清原は西武黄金時代を築いた英雄である。