11/01/31 23:22:27 JGYBay5D
>>443
ジャーナル社の別冊No.37「懐かしの国鉄現場」
というのがあって、吹田操のルポが載っている
59-2以前のヤード系輸送と、ヤードを介さない特殊継送の
ことがよくわかる。古本でもそんなに高くないから入手すべし
>>447の東北本線解結貨物1891レのルポも載っている
>>448
中間駅に入換動車がある場合で、かつ解放のみの場合は、
[機][緩][A][B][D][緩][C][緩]
という編成もありえたが、その場合は、列車掛は後方でも
作業もしくは監視する必要があるので、釜次位の[緩]は連結せず
[機][A][B][D][緩][C][緩]
という編成になったはず。
ヨ8000が大量配置されるまで[緩]は常に不足していたので、
なるべく減らしたり、列車掛が乗務しない位置にはワフを
使ったりしていた
ただ、入換動車があるような駅は複数の側線を持っていたり、
配線が特殊だったりした駅が多いので、釜が留置線に押し込んで、
動車が留置線と貨物側線の入換をやっていることが多かった
ヨ8000の全国に行き渡るようになると、貨物大削減になって
しまったという皮肉なことになったが