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某新聞の常務取締役まで務めたジャーナリストのブログに、こんなことが書いてあった。
「アジアの子供たちは貧しくとも目が澄んでいて生き生きとしていました」
こんなこと書く奴がまだいるんだなあ。類似の表現に
「アジアは貧しいけれど人の心は豊かです」なんてのがある。
だけど、こんなのうそっぱちです。
中国を含め、アジアの貧しい地域に私は何度も取材に行ったけれど、貧しいところでは、
人の心はすさみ、犯罪が多発し、子供も大人も油断ならない連中が多かった。
そんなことあったり前でしょう。
豊かな心は、経済的豊かさと安定からしか生まれない。アジアの発展途上国や
新興国が経済発展に必死に取り組んでいるのは、その豊かさを手にするためである。
「衣食足りて礼節を知る」なのだ。
この手の虚言を書く人はナルシストなのだろう。アジアの貧しい人たちに温かな目を注ぐ
おれって素晴らしい、というわけ。極端な物神化は軽蔑(けいべつ)の裏返しなのだから、
この人たちは心の底ではアジアの貧しい人たちをばかにしているんではなかろうか。
そしてナルシストゆえに、そのことに気がついていない。金持ちが貧乏人の生活を
のぞき見て「いや、こういうのも気楽だし人間らしい」とうそぶく貧困な精神。
こういったきれいごとをぬけぬけと書くのは、団塊の世代以上のジャーナリストに多いのでは?
若いころ、革命ごっこに熱中し、その後、無自覚かつなし崩し的に転向していったことに起因する、のだろうか。
アジアの特派員まで務めたこのブログ氏。だが問題は世代ではないのかも。
団塊世代の作家・関川夏央氏が20年前に「経済的、政治的に過酷な状況があれば、
すさんだやつがいるのは当然なわけだ」と『東京的日常』で書いている。
われわれの世代が確認しておくべきアジアへの視線は、やはりこのようなものだろう。
ソース(MSN産経ニュース):
URLリンク(sankei.jp.msn.com)