11/01/10 21:25:10 nPT04gJ6
>>53
遺伝子的にも別種族とは言えないだろう。同一種族の地域的多様性とみなしていいレベル。
言語は完全に同系統のもの。東京方言と京都方言との間の差異なんてイタリア語とスペイン語の差異より小さい。
音韻体系はほとんど完全に同じだし、語彙や語法だってちょっとした差異しかない。
縄文時代は日本列島各地でいくつもの言語が話されていただろう。
しかし、現代の日本列島では、北海道から与那国島に至るまで同系統の言語が話されていて、その分岐年代はせいぜい2000年。
ここから、弥生時代頃に「日本祖語」がどこからか、稲作技術などの弥生文化を伴いながら拡大したことが推測できる。
ただし渡来人の言語ではなく、弥生文化を取り入れた縄文人の一部族の言語だった可能性も高い。拡大の基点は近畿ではなく九州北部だろう。
奈良時代頃になると、本土の地域では中央集権国家が成立したことや人口移動が激しくなったことで畿内方言による中央語化が起こった。
奈良時代には独自の特徴を多く持っていた関東方言も、畿内語化によりほとんどの特徴を失った。今の方言差はほぼ鎌倉時代以降に発達したもの。
「日本語族」の発展と、「ロマンス諸語」の発展はほぼ並行的に見ることができる。
現在のロマンス諸語の地域では、紀元前にはオスク語、ウンブリア語、エトルリア語、ガリア語など様々な言語が分布していたが、
ローマ帝国の成立とともにラテン語が拡大し、元々話されていた言語が多数絶滅した。この時代のラテン語は面積の割には非常に均一だった。
しかし、ローマ帝国の崩壊とともにラテン語の統一性は崩壊し、方言差が拡大してやがて独自の言語と言えるほどに変化していった。
日本でも、奈良時代以降の中央集権国家に組み込まれなかった琉球では方言差がどんどん拡大し独立言語レベルの差異になった。
しかし、本土では絶えず中央語による干渉を受けて拡大が抑えられた。そのため本土の方言差はそこまで大きくない。
一般に言われる「~弁」の境界が江戸時代の藩の境に重なるのは、江戸時代が人口移動が制限される地方分権時代だったから。