10/11/23 20:02:01 bu88i1em
チャイコフスキーは「悲愴」と「スラブ行進曲」があれば他はいらないや。
885:名無しの笛の踊り
10/11/23 20:08:14 HmE/A0mM
ちなみに俺>>874なんだけど。
別にどっちのオタでもないから。狂信者が嫌いなんだ
886:名無しの笛の踊り
10/11/24 02:16:11 xEMqHjDJ
>チャイコフスキーは「悲愴」と「スラブ行進曲」があれば他はいらないや。
スラブ行進曲ねえ。
887:名無しの笛の踊り
10/11/25 01:38:07 v/NjL9j5
結局バッハには負けるんでしょ、両方とも
音楽の才だけでなく、完成された人格においても
888:名無しの笛の踊り
10/11/25 08:03:08 mgaiZPuO
モーツァルトよりもベートーベンのほうがツボを押さえるのが上手くて、
起承転結などの構成力に優れている印象がある。
悲愴や第九の第一楽章とか、そして運命なんかが典型なんだが、出だしだけで
「これから何が始まるんだ?」という期待感を聴衆に与えていて上手い。
889:名無しの笛の踊り
10/11/25 19:33:24 d4suqXiR
逆にいえばさりげなさや遊び心には乏しい
890:名無しの笛の踊り
10/11/25 21:35:56 d4suqXiR
見られることで興奮する性癖かな^^
891:名無しの笛の踊り
10/11/25 21:38:52 d4suqXiR
誤爆った…
892:名無しの笛の踊り
10/11/26 04:49:52 ka+o/yBG
君達ねえ、このスレでは過去、よく「お前はモーツァルトがわかってない」とか
「お前こそベートーヴェンがわかってない」とか言い合っていたが、
下には下がいるんだぞ。
以前も書いたから記憶している人もいるかと思うが、俺の大学の時の自称作曲家のチャイコヲタは、
「モーツァルトの40番は食傷気味で第三楽章のトリオしか聞くところはない」とか
「ベトは音階をなぞっているだけで取るに足りない」とか言いたい放題だった。
モツレクに至っては「煮干し」と冷笑していた。
で、こいつの評価する作曲家といえばヤナーチェク一辺等。
こいつに比べたらそのへんのモツヲタやベトヲタの言い合いなんか可愛いものだろ。
893:名無しの笛の踊り
10/11/26 08:51:28 7EOdlx22
>892
なんで>>8をコピペしてるの?
894:名無しの笛の踊り
10/11/26 21:33:20 8LTEWLbZ
ううむ、正直に言うがヤナーチェクは一度も聞いたことがない。
895:名無しの笛の踊り
10/11/27 15:02:46 eyMiIYXj
ヤナーチェクはメロドラマのBGM
896:名無しの笛の踊り
10/11/29 09:31:31 a2fQuafM
>>895
シンフォニエッタしか聴いたことないだろ?
897:名無しの笛の踊り
10/11/29 18:22:32 Mu6XoJkM
モーツァルトの場合、音符の前にもう音楽が出来上がっているのだ。
「たとえそれがどんなに長いものであろうとも、私の頭の中で実際に殆ど完成される。私は、丁度美しい一幅の絵或いは麗しい人でも見る様に、心のうちで、一目でそれを見渡せます」
だからモーツァルトは人と冗談話を交わしながらも、お酒をのんで騒ぎながらも、平然と「神の声」を五線紙に書けた。
「神の声」はどこからやって来るのか?
「それがどこから来るのか、どうして現れるのか私には判らないし、私とてもこれに一指も触れることは出来ません」
何を?
「自分に天才が宿っていることを」を。
自然はあるがままにあるし、神もあるがままにある。
問題があるとすれば「速い」ということだ。
彼の音楽に少し注意深く耳を傾けてみれば、自ずとそう聴こえてくるはずである。
始まりと終わりの「同時性」。
原子核の構造であれ、宇宙の謎であれ、「単純性」と「調和」こそに、解く鍵があるように思えてならない。
この世界で最も単純かつ神秘に満ちているものを記号で表すと、モーツァルトならこう言うだろう。
「π」だと。
私はそう「直観」している。
898:名無しの笛の踊り
10/11/29 20:40:48 QVA+jMrT
コピペ乙。そういえば、ラファ隔離スレついに死んだな。
慶賀の至りw本人が死ねばさらにめでたいのだがw
899:名無しの笛の踊り
10/12/01 17:53:09 OegmKAAu
ベートーヴェンがあそこまで個性を出せたのは、古典様式がほぼ確立していた時期に、
10代~20代を過ごしたのが大きいと思うね。
子供のときにどういう音楽に接してきたかが大きな要素だと思う。
モーツァルトが子供のときには、ハイドンの後期やモーツァルト自身の後期の曲というのは
まだまだ先の未開拓の世界だったわけだから。
900:名無しの笛の踊り
10/12/01 19:47:17 EGsAogpF
>古典様式
「美と呼ぼうが思想と呼ぼうが、要するに優れた芸術作品が表現する一種言い難いものは、その作品固有の様式と離すことは出来ない。
(略)この原理が形式に於いて、どのような危険に曝されているかに注意する人も意外に少ない。
注意しても無駄だという事になって了ったのかもしれない」(小林秀雄)
この場合の様式とは、音楽史上の古典派とかなんとかいう事ではなく、モーツァルトの作曲の流儀なのである。
ピアノソナタは幼児に限るとはそういう意味である。道はすでにある。
道があるからそこを進む。
識者が「近代」に「不安」を読み取った時、その遥か以前に、モーツァルトは気付いていた。
『自由のシノニムは孤独さ』と。
901:名無しの笛の踊り
10/12/02 00:38:34 dEf6jP2c
モーツアルトの音楽は、ひとつの虚無だ
そこには、何もない
聴衆はそこに自己を発見して感動する
BGMとしてのモーツァルトは、だから音の羅列に過ぎなくなる
悲しい時には悲しく、嬉しい時にはハツラツと、それは自在に響く
こんな音楽を、手放すことはできんよ
モーツァルトがつまらなくなったら、自分自身が虚無になったということだろう
生きているうちは、その日が来ないことを願う
902:名無しの笛の踊り
10/12/02 06:02:46 Ku0RFaGY
音楽は鏡だからなぁ
903:名無しの笛の踊り
10/12/02 09:39:07 KRCt9irW
家で良く聴くモーツァルトだが生演奏を聴いてもあまり感動した覚えはない
だけどベートヴェンの生演奏は何聴いても発見と興奮を得られる
これは私の中身が無いということなのか
904:名無しの笛の踊り
10/12/02 10:50:27 Wg7XjjIi
モーツァルトはオーディオ向き。
ベートーヴェンは生演奏向き。