09/05/24 17:15:02 w+p9hl2o
>>39
「資料的価値」はないだろうねえ。
ただ、ブルックナーの楽譜の問題については、完全なものはほぼ出尽くした
観があるので、あとは、既出版物の精度を高めることと、作曲されなかった
ものや、部分的に失われたものを掘り起こすことに話題が向くのではないか。
マルテの第3の場合や第9フィナーレの各完成版は一聴して他人の作曲的
介在が耳に付くが、これはどうだろうか?
プログラムなどを読むと、自筆資料のみから抽出したと主張しているが、
このでっち上げ楽譜が、真のブルックナーを響かせているかどうかは、
演奏にかかわらず、聴く耳を持った者にはすぐに判別できるだろう。
あるいは、原典版とほとんど違わないものを大げさに喧伝しているだけか?