09/11/22 17:27:22 Q75TveEM
>>227>>228
ご丁寧なレスありがとうございます。
録音技術が成立してからの音楽作品では作曲家自演の演奏が残されていること
がありますが、それらが最高の演奏であるとは限らないことは周知の事実ですね。
ブルックナーにおいても、仮に、彼が望んだものがはっきりしていて、
その通りに演奏したとして、それが最高の演奏になるとは限らないことも
ほぼ当たっているでしょう。それは多くの指揮者たちが、試行錯誤しながら
最善の演奏を求めてきた結果が現代の彼の音楽の評価につながっているのですから。
一方、彼は偉大なるアマチュアであったことも事実です。ということは
彼は自分のやりたいことを楽譜上で曲げることを決してしない人だったからです。
あの松葉などは、そのひとつの典型でしょう。
<作品の規模の割にはあまり詳細には記さない傾向があった>
管楽器やティンパニについてはそういえるかもしれませんが、弦楽器には
ほとんど偏執狂のように指示を書き散らしています。第5だけを例にとっても
gezogenやgestrichenあるいはボウイングのダウン指示に満ちています。
これらは普通の作曲家にはほとんどないことです。スコアの150ページなどは
ダウンで満たされていますね。自筆稿も全くそのようになっています。
<例えば第7番では、ブルは実演経験を通じてあれこれ加筆したが>
他人が自筆稿に書き入れたという話もありますね。
唯一はっきりしているのはアダージョの打楽器オプションの張り紙です。
これはブルックナー自筆です。(ハース版に写真が出ています)
しかし、この張り紙と初版譜では記譜音がシンバルとトライアングルは
一致しません。(たぶん無視されたのでしょう)