11/11/11 22:18:29.95
■日本が自ら進む“人食いワニ”の池
このまま日本がTPPに参加すると、国内のルールや仕組みをアメリカ企業に有利になるように改定
させられる恐れがあります。そこで、昨年12月に合意に至った米韓FTA(自由貿易協定)が、韓国側
から見て、いかに無惨な内容だったかをお話ししましょう。
韓国は、アメリカが韓国の自動車市場に参入しやすくなるよう、排ガス診断装置の装着や安全基準
認証などの義務に関して、米国から輸入される自動車は免除するという“例外”をのまされました。
さらに韓国では、日本と同じく国内ニーズが高い小型車に優遇税制を設けていたが、これもアメリカ
の要求で大型車に有利な税制に変えさせられました。そしてFTAによる関税撤廃で急伸した韓国産
自動車の輸出がアメリカの自動車産業を脅かすようなら“関税を復活する”という規定も加えられたのです。
手段を選ばないアメリカのこうした攻勢が、TPP交渉参加後は日本に及ぶことになります。自動車
業界では、まず日本のエコカーが標的となるでしょう。米国車の多くは、現時点では日本政府が定めた
低公害車の基準を満たしておらず、エコカー減税の対象外。これをアメリカに「参入障壁だ」と指摘され
れば、韓国のように泣く泣く優遇税制を撤廃せざるを得なくなるでしょう。
また、TPPで最も懸念されるのは、投資家保護を目的とした「ISDS条項」。これは、例えば日本への
参入を図ったアメリカの投資企業が、国家政策によってなんらかの被害を受けた場合に日本を訴える
ことができるというもの。訴える先は日本の裁判所ではなく、世界銀行傘下のICSID(国際投資紛争
解決センター)という仲裁所です。ここでの審理は原則非公開で行なわれ、下された判定に不服が
あっても日本政府は控訴できません。
さらに怖いのが、審理の基準が投資家の損害だけに絞られる点。日本の政策が、国民の安全や
健康、環境のためであったとしても、一切審理の材料にならないんです。もともとNAFTA(北米自由
貿易協定)で入った条項ですが、これを使い、あちこちの国で訴訟を起こすアメリカを問題視する声は
少なくないのです。そんな“人食いワニ”が潜んでいる池に日本政府は自ら飛び込もうとしているわけです。
残念ながら、野田首相のハラは固まっているようです。世論で反対が多くなろうが、国会議員の
過半数が異論を唱えようが、もはや民主的にそれを食い止める術はありません。交渉参加の表明は
政府の専権事項、野田首相が「参加する」と宣言すれば終わりなんです。
そして、いったん参加表明すれば、国際関係上、もう後戻りはできない。すべての国民が怒りを
ぶつけ地響きが鳴るような反対運動でも起きない限り、政府の“暴走”は止まりません。
(取材・文/興山英雄 撮影/山形健司)
●中野剛志(なかの・たけし)
1971年生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。
現在は京都大学に准教授として出向中。著書に『TPP亡国論』(集英社新書)など。