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※長文記事のため、抜粋です。
2011年8月末から9月前半にかけて、韓国政界は大揺れだった。次期大統領候補の1人だった
ソウル市長が「自爆辞任」し、その後任に「韓国のビル・ゲイツ」とも言われるベンチャー
創業者が一時名乗りを上げ、世論調査で圧倒的な支持率を記録した(その後出馬辞退)。
ソウル市長辞任で急遽、10月末に補欠選挙の実施が決まった。大統領選を1年後に控えた
ソウル市長選は、重要な意味を持つ。与野党は「必勝」の構えで候補選定に入ったが、
ここで第2の主役が登場する。
安哲秀(アン・チョルス)ソウル大融合科学技術大学院長(49)だ。これまで政治にまったく
関心を見せてこなかった安氏が8月末にソウル市長補選出馬に意欲を見せると、あっという間に
世論調査で圧倒的な支持を獲得し、「当選確実」と言われるほどの勢いになった。
日本では知名度が高くないが、韓国で安氏は、成功した企業経営者であるとともに「公正で
きれいな人物」として尊敬を集める超有名人だ。
■医学博士がウイルス対策ソフト開発、無償提供して一躍有名人に
安氏は、釜山高校を経て最難関のソウル大医学部に進学する。高校時代を知る人物によると
「がり勉タイプというより、本が好きなもの知りタイプだった」という。ソウル大大学院に
進学して医学博士となった安氏は、研究職に進む。もともと機械いじりなどが好きだった
というが、心電図の解析など医学の研究のためにコンピューターを使い込むうちに、のめり
込んでいく。
1988年のある日、安氏はコンピューター雑誌で、コンピューターウイルスが世界中に
広まっているとの記事を読んで興味を持つ。ウイルスの構造を調べ、対策ワクチン
(対策ソフト)を開発してしまった。
これが韓国で初めての画期的なウイルス対策ソフトだった。世界の有力メーカーの開発よりも
1年早かったとも言われている。
安氏がすごいのは、開発したソフトをすべて無償で提供したことだ。韓国でパソコンが
広く普及した時期に多くのユーザーがこの無償ソフトを利用しており「アンチョルス」の
名前は一気に広まった。
それから7年ほど、安氏は夜中の3時に起きて6時まで「ウイルス対策ソフト開発」に集中、
その後、医学博士として研究や学生の指導にあたる生活を続けた。開発したソフトはずっと
無償で提供した。こんな生活を続けたのは、好きなことにのめり込む性格と、使命感からだった。
だが、1990年代半ばになると、1年間で70種類以上もの新種ウイルスが生まれ、とても安氏の
「無報酬作業」だけでは追いつかなくなった。
■韓国の企業文化とは一線を画した経営スタイル
安氏は、企業経営にあたって「親戚や学校の先輩後輩などを縁故で入社させない」「企業の
目的は収益を極大化することだけではない」などの哲学を掲げた。経営の透明性も高め、
「きれいで透明な会社」「信頼できる会社」とのイメージを定着させた。
設立直後、米国の有名企業が1000万ドルでの買収を提案してきた。当時から見れば破格の
条件だったが、安氏は「目の前の金儲けが起業の目的ではない」とこれを一蹴した。(※続く)
●安哲秀氏は、数多くの著書を出版してベストセラーになっている
URLリンク(jbpress.ismedia.jp)
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