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広島でアジア大会が開かれた年
基町クレド(SOGO新館+リーガロイヤル)ができ
PARCOができ、東急ハンズもできた。
全般的に街がキレイになった。
この時は、新広島空港も広島高速鉄道(アストラムライン)もできた。
でも、これは今まで八丁堀と紙屋町という二大商業地がライバル拮抗し、その2点を本通商店街で結ぶという関係、即ち
相乗効果で人の流れを増幅し共存共栄する
関係に、地政学的なアンバランスをもたらした。
つまり、紙屋町の隆盛と八丁堀の凋落である。
もともと山陽自動車道の全線開通あたりから、紙屋町北部や原爆ドーム付近が新たなオフィス街として注目され
後に広島駅周辺の再開発もあり、周囲に飲屋街ぐらいしかなかった八丁堀は地盤沈下が激しかった。商店街の中心は、どんどん西へ移動していった。
でも差の決定打は、アストラムラインが紙屋町・本通に入ったことだ。