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議論の素材として、新卒一括採用は合理的であることを経済学の理論で明らかにしてみま
しょう。私は『情報通信革命と日本企業』で、これを次のように説明しました:
労働者のモラル・ハザードに対して通常の市場メカニズムにおいて可能なペナルティとしては
、賃金に競争的な水準以上の効率賃金(efficiency wage)を支払い、労働者の事後的な成果が
目標を下回った場合には雇用契約を打ち切るという戦略が考えられるが、この処罰は相対的
な賃金格差によるものだから、全労働者に効率賃金を支払うことは定義によって不可能である。
ところが日本では失業率は、終戦直後の一時期を除いて世界でもっとも低いにもかかわらず、
労働者の規律は失業率の高い国よりはるかに高い。これは採用を原則として新卒に限り、中途
採用に際しては待遇がいちじるしく悪化する退出障壁によって労働者を企業に閉じ込めている
からだ。
白紙の状態の新卒を採用して企業特殊的な技能を一から教えてゆく技能形成システムは、長期
的・年功的な雇用慣行と不可分の強い補完性を持っている。ここでは労働者は「丁稚奉公」に
よって組織に対する初期投資(贈与)を強いられ、他の企業では役に立たない「会社人間」と
なるため、彼の企業特殊的な人的資本への投資は埋没費用となり、退出障壁はきわめて高く
なるのである。(p.72~3)
ちょっとむずかしい表現ですが、こういう意味です:もし新卒一括採用をやめて、専門的技能
のある人を必要なとき雇うことにすると、環境が変わってその専門知識が必要なくなっても
解雇できない。新卒で「真っ白」な社員を採用し、徒弟修行でいろいろな技能を教えたほうが
柔軟なローテーションができ、社員の忠誠心も高まります。
日本の企業では、先輩をまねて仕事のやり方を覚えるので、その技能は会社の外では役に立た
ないことが多い。会社の中で「下積み」が評価されないと、労働者は徒弟修行で辛抱するのを
いやがり、他の会社でも通用する専門知識を習得したら会社を辞めてしまうでしょう。こうい
う個人主義的な労働者ばかりだと「すり合わせ」による品質管理ができず、競争に勝てない。
このように新卒で一括採用し、「同期」を出世競争で競わせる人事システムは、ゲーム理論で
も説明できる合理的なもので、それが一時期までの製造業で有効だったことは事実です。問題
は、それが今でも有効なのか、また製造業以外でも有効なのか、そしてこうした人事システム
によって失うものは何か、ということでしょう。
ソース
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