11/01/04 02:03:14 pgByVhXa
●この戦闘詳報の記載内容については食い違いがあり、未だ信憑性の確認が成されていない・・・(´・ω・`)
第114師団 歩兵第127旅団 歩兵66連隊 第1大隊 第4中隊 第1小隊長代理 小宅伊三郎曹長証言
URLリンク(kknanking.web.infoseek.co.jp)
阿羅健一『兵士たちの「南京事件」 城塁』 連載第19回(『丸』1990年7月号)P212-213
「十二月十二日、第四中隊の戦力は半減していたが、第一線で戦っていた第三中隊の右側に進むように命令を
受けて、私は第一小隊、第三小隊、指揮班の計六、七十人を指揮して第三大隊の掩護に向かった。ですから、当
時の 【【【 第四中隊は私が指揮していた 】】】 ことになります。
もちろん第一線の戦場ですから、我々の中隊長がどこにいるのか、他の小隊がどこにいるのか分かりませんでし
た。戦闘詳報について言えば、第四中隊の戦闘詳報は私が書いていました。もちろん捕虜処刑などありませんか
ら、そんなことは書いていません。
■つまり、≪ 第四中隊は私が指揮していた=小宅伊三郎曹長 ≫ が下記の事を ≪ 知らない ≫ と証言して
いる事になる。また、戦闘詳報を保存していた藤沢藤一郎氏自身も捕虜殺害があった事は知らなかった・・・(´・ω・`)
⑦:URLリンク(megalodon.jp)
【九.】右命令に基き兵器は第一第四中隊に命じ整理集積せしめ監視兵を附す
午後三時三十分各中隊長を集め捕虜の処分に附意見の交換をなしたる結果、各中隊(第一第三
≪ 第四中隊 ≫ )に等分に分配し監禁室より五十名宛連れ出し、・・・・
●『【八.】 ・・・・ 旅団命令により捕虜は全部殺すべし』 は正式な旅団命令ではない・・・(´・ω・`)
そしてこの ”命令受領者(※第一大隊側)” も ”命令発令者(※第一大隊側)” も不明・・・(´・ω・`)
内容にも食い違いがあり、『【八.】 ・・・・ 旅団命令により捕虜は全部殺すべし』 の命令を受けたのが
”第一大隊” と断定するには記載内容が不足している・・・(´・ω・`)