10/11/14 20:15:16
最近読み終わった本。
三省堂の自由価格本コーナーで定価の6割引きで購入。
『常民の戦争と海―聞書・徴用された小型木造船』(中村 隆一郎著)
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日中戦争・太平洋戦争で、和歌山県において徴用された漁船、機帆船などの小船舶をめぐるエピソードを記した本。
著者は和歌山県における戦災調査を行っており、和歌山県における空襲を扱った本も出している。
著者が書いているように、もともと輸送船は一般軍艦と比較してあまり取り上げられず、
さらにこのような小型船舶は「その他もろもろ」として扱われる傾向があるため、
この本のように様々な資料や当事者の証言が集められ、一部とはいえ小型船舶の実相が描かれることは大変珍しい。
またこの本の発行は1993年であり、まだ当事者が比較的生き残っていたことも重要である。
そのほか註はないものの、資料については引用元がきちんと示されている。
帯の言葉は煽っているが、著者は和歌山県、それも確証が取れた船舶のみを扱うことの限界を認識しつつ、
聞き取りを資料に照らして可能な限り正確な情報を集め、それを誠実にまとめている。
ただ、地図が裏表紙の和歌山県地図1枚しかないため、徴用船舶の活動した地域のイメージがややしにくかった。
高校程度の地図帳に載っている地名が多いので地図帳片手に読めば良い話なのだが、
中国・南方で各1枚程度入っていてもよかったのではないかとも思う。
また船舶の写真もそれほど多くなく、船舶にあまり詳しくない私には船の大きさのイメージがつかみにくかった。
そのほか引用元からの誤りなのかパレンバンをスマトラ島と記述している。
著者は軍人の戦記において、徴用機帆船の扱いがひどく、そのような意識が原住民を「土人」と呼ぶ表現につながるのだと憤慨する。
しかし士官を含む軍人の多くは漁民・農民など庶民階層の出身である。
彼らが軍隊教育の中でどのようにそういった意識が植え付けられたのか、という興味が生じる。
また中国大陸における滑走艇乗員の体験談や、1942年と45年の船員募集新聞広告の差などは興味深い。
資料が多くない題材について、丁寧な調査を行ってにまとめている良い本である。