10/11/20 19:49:33
結局、ニューギニア方面を視野に入れてないとガ島戦
というかソロモン・キャンペーンを語れないってことだな。
839:名無し三等兵
10/11/20 20:54:08
モレスビーを占領しても、ラビやガ島に連合軍がいたら、海路での交通線が絶たれて維持ができない。
逆に連合軍がラエに迫るような状態で、ソロモンを確保しても意味がない。
という事はモレスビー攻略よりラビ攻略を優先すべきだし、ブナが危うい時期までガ島に固執すべきでない。
戦闘に使うべき駆逐艦や潜水艦を、補給に投入せざるを得ない状況では、早期撤退した方が戦力を有効利用できるだろう。
そういう意味では8月のモレスビー陸路攻略と、10月の第2師団上陸は再考の余地がある。
とは言え大命が下ってしまうと作戦の変更がききにくい。
ラビよりガ島攻略を優先するなら、南海支隊を基地航空隊進出前にガ島に送りたいとこではある。
840:名無し三等兵
10/11/20 23:50:38 keBmI/I+
>>832
マーシャル→マリアナの間違いでした
MIで大敗した以上戦線の縮小整理は必然だと思うけど
841:名無し三等兵
10/11/21 00:15:34
仮にアリューシャン作戦を中止してMO作戦に戦力を集中し米2空母を仕留め
MIで更に米2空母を仕留め米残存空母はサラトガ、ワスプ、レンジャーのみ
日本側はMOで翔鶴小破龍驤中波、MIで加賀中破蒼龍中破
結果的にモレスビーもミッドウェイ占領、一航艦は赤城飛龍瑞鶴祥鳳瑞鳳隼鷹で臨時編成、ガ島飛行場完成間近
こんなまあ日本軍がギリギリ容認出来る感じで希望通りに戦争が推移していたらその後どうなっただろ?
842:名無し三等兵
10/11/21 01:51:55
>>840
史実ではミッドウェーで4空母喪失したとはいえ、空母戦力ではまだ日本側が優勢。
南方作戦もあまり空母に頼らず攻略してるし、現実は攻撃手段が空母から基地航空隊に変わっただけ。
連合軍の反攻を18年以降と予測し、黙って待つだけでは19年以降戦力差は圧倒的に開くだけ。
それまでにできる限り反撃の芽を叩き、できれば豪州やインドを脱落させたいと考えてるから、戦線縮小する理由とはならない。
空母喪失が戦線縮小の理由になるなら、米軍も稼働空母が1隻になった時点で、ガ島を撤退し戦線を縮小してないとおかしい。
もちろん全方面で攻勢という話でなく、1方面に重点置いて他は防御というならあり得なくもないが。
史実ではインド洋で暴れる予定で、SN作戦は攻勢でなくラバウルの外郭を固める防御作戦だ。
843:名無し三等兵
10/11/21 02:08:34
>>841
随分と都合のいい想定だが、MOに戦力集中ならインド洋作戦参加の龍驤でなく加賀を追加投入するだろう。
そうして史実通りレックス撃沈ヨーク損傷はそのままで、加賀投入の余力分だけMO攻略の可能性はある。
しかし航空隊は消耗し、再建の為に加賀はMIに不参加だろう。
果たして3空母でも予定通りMIAL作戦をやるかは不明で、或いは4航戦もMIに集中投入するか。
しかし結局は史実通り3空母撃沈と引き換えにヨーク撃沈。
残った飛龍と4航戦で米2空母と引き分け(第2次ソロモンみたいな)てとこだろ。
多分空母損傷でMI攻略は中止、モレスビーは交通線遮断の上で米軍上陸により壊滅。
その後の流れは知らん。
844:名無し三等兵
10/11/21 03:18:36
>>841
史実でのホーネットやエンタープライズのしぶとさ見て、よくそんな結果になると思えるな。
レキシントン撃沈でさえ幸運の結果だ。
そしてミッドウェー成功なら、予定通りFS作戦にジョンストン・パルミラ攻略となるだけ。
史実で得られる戦訓も得られないし、負けるまで戦線拡大が続くだけだろう。
もちろん戦局が順調なら危機感もなく、航空隊(機体・搭乗員とも)拡大も、戦時体制への移行も遅れる。
そうしていずれどこかで破綻して、伸びきった戦線も収集つかずに、泥沼の消耗を経て敗戦てパターンだろ。
845:名無し三等兵
10/11/21 03:29:43
ツラギにいた、二式水戦9機+3機、B-17や24を、結構撃退してるのね。
やり方次第では、零戦でB-17を撃退することが出来た、ということを意味するし、
そういう工夫をしていれば、モレスビーやガ島のB-17もB-24も大した脅威でなかった、
ということなのだろう。
1942.7.10 B-24 1機撃墜
7.17 B-17 1機撃墜(二式水戦1機未帰還)
8.1 10機来襲のB-17のうち、3機撃破
8.2 10機来襲のB-17のうち、2機撃墜
8.4 9機来襲のB-17のうち、1機体当たり撃墜
846:名無し三等兵
10/11/21 04:10:23
>>845
横浜空水戦隊は
1942年6/3水戦12機ラバウル進出、7/5からツラギで哨戒開始
7/10日本側報告、B-24撃墜1機
7/17日本側報告、B-17撃墜1機、水戦も1機喪失
7/23水戦1機未帰還
7/31以降B-17はツラギを連日空襲
8/1現在水戦稼働機6機、日本側記録、B-17撃墜1機
8/4米側記録、水戦体当たりによりB-17撃墜1機
8/5米側記録、B-17未帰還1機
まずB-17撃墜が日本側による報告で、米側記録との照合がなく正確さに欠ける事。
零戦でも全くB-17を撃墜できない訳でなく、数機がかりで反復攻撃すれば撃墜は可能。
その上で撃墜が難しく脅威と感じてる。
そしてB-17を1機か2機撃墜程度で脅威でないなら、日本側の空襲も米軍にとって脅威でない事になる。
しかし実際は撃ち漏らした敵機による空襲もあり、日米双方相手の空襲は当然脅威と感じている。
そして小園が頭を悩ませ零戦で対処不可能としたのは、B-17による「夜間」空襲だ。
847:名無し三等兵
10/11/21 07:44:03
スクランブル体制で常時即発進できる戦闘機なんて数機程度だし、普通は整備や試運転で発進まで時間がかかる。
数機がかりでやっと1機撃墜できる程度じゃ、30機位で空襲されたら100機以上で迎撃しないと阻止できないからな。
しかも初期は機銃が威力不足な上に、弾数も不足してる。
そして常に稼働機は保有機の半数程度、消耗は補充を上回り地上撃破や爆弾穴での事故喪失も出てくる。
爆撃機のいる高度まで上昇するだけで時間かかるから、上がった頃には爆弾投下した後だったり。
防御に専念すると攻撃時の消耗は減るけど、相手から好き放題に昼夜構わず空襲されるからな。
爆弾穴を埋め直すだけで大変だ。
848:名無し三等兵
10/11/21 13:35:27
B17が迎撃できたのは低空からの爆撃だったのことと
密集編隊を組めるほどの練度がない搭乗員だからで
なおかつ機数も少ない上に武装強化されたE型でないなど
好条件が揃ったからだよな
849:名無し三等兵
10/11/21 17:22:47
日本軍は、ガ島までは短い躍進距離で基地推進して
航空撃滅戦をやってから、陸兵を上陸させていたわけだが、
その航空撃滅戦を進める上で、B-17の機数が増え、
改良で防御力が増えてくるのは、けっこう大きかったんじゃなかろうか?
850:名無し三等兵
10/11/21 17:23:02
>>848
B-17でも初期型のCやD型ってその頃でも前線で活動中なの?
851:名無し三等兵
10/11/21 20:03:30
六空小福田少佐のコメント
一般的に言ってB17とB24は苦手であった。
被弾してもなかなか火災を起こさなかった事と、わが対大型機攻撃訓練の未熟な為距離の判定に慣れず、遠距離から射撃する場合が多く命中弾を得にくいから(略)
撃墜はしたが、それは主として零戦がしつこく、しかも寄ってたかって敵機を満身創痍という格好にしたり、
練達の士が充分接近して20㎜銃弾を充分撃ち込んだり、または勇敢なる体当たりによるもので、尋常一様な攻撃ではなかなか落ちなかった。
四発機に慣れてないから距離感が掴めず、撃墜前に20㎜機銃弾を撃ち尽す事が多い。
撃墜できても時間と手間がかかってる。
一部のベテランなら充分接近して、撃墜できる事もあるようだ。
852:名無し三等兵
10/11/21 20:22:35
>>849
B-17の生産数はB型39機・C型38機・D型42機・E型512機で、B型は機銃5挺・C型は7挺・D型は防弾強化。
南方作戦では台湾からクラークフィールドでも500浬(比島にはB-17が35機)、サイゴン→コタバル→シンガポール→パレンバン→バタビアは近い。
パラオ→ダバオ→メナド→ケンダリー→バリクパパン→バリ島もダバオ以外は微妙。
トラック→ラバウルやマーシャル→ウェークやギルバートは明らかに距離が遠い。
B-17は比島では損傷機ばかりで鹵獲できず、ジャワ島で組み立て中のE型と、損傷軽微な機体を繋ぎ合わせたD型を、緒戦で既に鹵獲している。
まあ蘭印に送る予定のB-17を、そのまま豪州防衛に投入してるから、一部初期型はいるかもしれないか。
853:名無し三等兵
10/11/21 20:33:39 eiq559gD
E型以降のタイプはほとんど欧州戦線に送られているはずだったが
太平洋戦線には変わりにB24が配備されたはず
854:名無し三等兵
10/11/21 21:14:20
B-17は18年まで太平洋でも前線にいたよ。
855:名無し三等兵
10/11/21 21:41:24
>>853
欧州戦線にはB-17と同じ位B-24が送られ、英軍はむしろB-24の方を気に入ってる。
英本土からのドイツ空襲では昼間は米第8空軍のB-17、夜間は英軍のランカスターが担当。
むしろ太平洋戦線でのB-24は1942年11月に漸く、ニューギニア第5空軍に配備開始。
そこから43年中旬位にかけて、B-17との更新が徐々に進んで行く。
856:名無し三等兵
10/11/21 21:54:03
二式陸偵は43年5月のB-17初空襲後、8月に月光が制式採用。
9月に251空(元台南空)は零戦から月光に機種更新して、24機の月光が送られるが、この頃からB-17の夜間爆撃は昼間空襲に移る。
B-17自体も太平洋から姿を消して行き、昼間空襲では戦爆連合で、月光は活躍の場を失うという皮肉。
エセックス級や軽空母も同年8月頃から数が揃い始め、重爆による空襲より空母による空襲が増えていく。
あとは中爆による反跳爆撃での輸送船団攻撃が多い。
重爆対策ができた頃には役に立たずと。
857:名無し三等兵
10/11/22 07:26:25
MO作戦はインド洋不参加の加賀参加で調整し1航戦派遣が妥当だった
南雲は井上より先任なのでモレスビー攻略作戦は南雲が指揮を執ることになる
南雲の指揮ならモレスビーは占領は強行しただろ
858:名無し三等兵
10/11/22 15:00:51 ejf/SH2O
いや、優柔不断な指揮で4空母喪失の結果に