10/05/29 12:08:54 r1yXaYgr0
もう一つの問題の労組問題。当時の千葉動労はとにかく過激だった。「空港闘争とも共闘」とかやっていたし、パイプライン完成前は、ジェット燃料輸送(貨車)でも激しい抵抗していた。
国鉄首脳としては、そんな千葉県に「新幹線」を走らせるなんて問題外、と行った感じでした。
だから国鉄→JRに移行するとき、これ幸いに、と計画をアボーンしたわけですよ。JR改革と呼ばれるものの目的の一つが、「労組つぶし」だったので、当然の決定でした。
上にあった「遺構のぶった切れ」なんか見ると、国鉄(JR)の「運輸省に言われたところまでは作りましたよ(後は知りません)」て言うメッセッジが伝わってくるでしょ。
(ちなみに当時作っていたのは鉄建公団)。まあつまり千葉県民の「何でも反対」と言う気質には、国鉄(JR)は最初から見切りを付けていたと考えていいと思います。