07/07/04 18:40:25 HUPMkQOC0
>>215
平安時代末期ぐらいから、真言宗は他の鎌倉仏教は叡山の力の拡大により衰退しちゃうんです、その真言宗を改革し拡大したのが新義真言宗の覚鑁らになります。
覚鑁は薬物による中毒死になり火葬された空海を、入定伝説により民衆の信仰対象とし信徒拡大に利用しましたから、これらの中に底辺の身分の人がいたのでしょう。
鎌倉期において、仏教は民衆化し一向宗や日蓮宗などはこれら賤民に布教をしていましたから新義派もこれに目をつけたのでしょう。
またこれら、真言宗寺院は戦国時代の騒乱によりかなりが廃寺となりますが、これを乗っ取ったのは曹洞宗だと以前読みました。