06/09/30 22:15:28 GIQycBJ50
>>258
これも何度書いたか分かりませんが、横須賀の”改良”と名のつく団地はすべて海軍関係の宿舎であったことが
軍隊関係の資料からはっきりしています。私も実はショボン(´・ω・`)です。
こういった宿舎は戦後になると外地引揚者のための寮となり、のちに普通の市営・県営住宅になったのですが
引揚者寮は戦後20年以上過ぎても横須賀にいたるところありました。
しかも戦前に急ごしらえで建設した木造建築ばかりで、元は大部屋だった軍需工場の工員寮をベニヤ板でしきって
急遽引き揚げ家族用の住まいに改造、通路の真ン中をはしる廊下の左右に小部屋があるという、今でいう寿町のドヤ
みたいな造りがたいはんでした。
もともと宿舎だったので当然部屋には台所設備などなく、各家庭が部屋に石油コンロを持ち込んで炊事したりしてたので
こういった引揚寮ではたびたび火事を出して問題となっておりました。
市でも鉄筋に改良するという計画がでるのですが、昭和40年代木造引揚寮だと家賃200~500円程度なのが、鉄筋になると4000円。
低所得層が多かった引揚者では払うことが出来ず、なかなか改良が進まなくて横須賀には老朽スラム化した集合住宅がたくさんありました。