06/10/22 17:46:05 1QuhAPBF
誤訳から生まれた看板 <政治経済学部>
ドイツの慣習に合わせて、政治学を法学部の一部門と捉える考え方が主流であったなか、
イギリスの慣習を採用して、早稲田大学で経済学とともに政治学を学ぶ学部として「政治経済学部」は発足した、
と同大学は主張しているが、そもそも当時のイギリスにおいて経済学(political economy)は存在したが、
政治経済学部はおろか政治経済学という概念さえ存在しなかったことからこの説は事実無根である。
一般的に、政治学と経済学は北米でもドイツでもイギリスでも全く別の学問体系と捉えるのが主流であり、
現在政治経済学部がある国は日本と韓国と北朝鮮のみである。
このことから政治経済学部は世界的に見て極めて特殊な学部と言える。
日本で政治経済学部という特殊な学部が設置された背景としては、次の事実が考えられる。
当時日本においては近代化の過程で様々な外来語が翻訳されており、学問名も例外ではなかった。
当時イギリスの大学では経済学をeconomyではなく、political economyの古称を使用していた。
これも勿論「経済学」と訳すのだが、当時北米ではすでに経済学といえばeconomyとのみ記述するのが普通で、
これらの事実を総合すると北米流のeconomyと区別するためにpolitical economyを「政治経済学」と誤訳し、
あたかも北米やドイツの経済学とは別の学問体系が存在すると誤解したといえる。
その後、学習院大学と明治大学が早稲田大学に習って政治経済学部を設けたが、
学習院大学ではそのわずか11年後の1964年 政経学部を法学部(法学科、政治学科)と経済学部(経済学科)に改組している。
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