ラストサムライってどうよat ASIAラストサムライってどうよ - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト406:日出づる処の名無し 03/11/25 22:09 ji28hIrT >>399 日本で最も著名な映画評論家、佐藤忠男は『黒澤明の世界』で『七人の侍』について 「私は、戦争はまっぴらだった。私には、このストーリーが、当時重大な政治問題となっていた 自衛隊の存在を肯定し、その必要性を宣伝するもののように感じられた。そして、私はこの映画に 反感を持った」と書いている。 こういう代物がマスコミ人を代表する映画観であるわけだから、この映画に対しての冷淡な態度は凄く納得 できるものだ。 自分たちの立場を危うくするモノがこの映画に有ればあるほど、徹底したモノに成るであろう。 スポーツ紙は兎も角朝日本誌ではなかなか難しいだろう。 407:三島さんは私に、『ぼくはもともとバックという奴は好きじゃない。 03/11/25 22:14 9ERGiY4g 私が抱きついてゆくと三島さんは急に体の向きを変えて抱き返してきて 小さな声でささやいた。 「しばらくぶりだったね、会いたかったよ。」 、、、、懸命に三島さんの首から、胸、腹に、強いキスを浴びせかけていった。 、、、三島さんはこちらが驚くほどの、甘えた子供のような声をほとばしらせた。 1966年、昭和41年8月27日、熊本、ホテル・キャッスル。 三島由紀夫42歳、福島次郎36歳、熱い再会だった。 http://cgi.din.or.jp/~yossiy/cgi-bin/umeboard10.cgi?task=view&mnum=93 「林さんはもう駄目です。」 「え?」 「もうだめです。あの人、右と左の両方から金をもらっちゃった。」 林とは勿論、右翼の論客・林房雄である。 1970年・昭和45年の9月のある日、場所は銀座「浜作」 呼ばれて駆け付けた毎日新聞徳岡孝夫は『五衰の人』のなかで書いている。 「、、それまで私が見たことのない、世間の人が三島に想像したこともない、 投げ遣りな姿と言葉遣いだった。、、(林房雄に対する怒りは)執拗であった。 普段そんなに飲まない人が、少し自暴自棄に酔っていた。」 同席していたのは三島の実弟・平岡千之氏だ。 徳岡孝夫も千之氏も林房雄の背信行為を呪う三島の言葉を黙って聞いていた。 三島事件のおよそ2ヶ月前である。 「・・・・私の方から三島さんの体を強く抱きしめ、その首筋に、激しいキスを しゃぶりつくようにしたのだった。三島さんは、身悶えし、小さな声で、わたしの 耳元にささやいた。 「ぼく、、、幸せ、、」 歓びに濡れそぼった、甘え切った優しい声だった。・・・」 「、、私は、頭に灰かぐらをかぶったまま、キスを続けた。私の体よりもずっと小さく細い、 三島さんの体は腰が抜けそうに、私の両腕の中で、柔らかくぐにゃぐにゃになっていた。、」 http://www2u.biglobe.ne.jp/~horizon/misima.htm 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch