03/05/04 06:36 CdWnARhg
「わかるか、わしの心が……。そなたを殿のお傍にあげたのも一族を思うため堪忍であった。小さな殿
を守るためにも……。一族の和合がのうてこの乱世、どう生きぬける。西の織田の狼、東の今川とて
風次第。もしわれらが和合結束しなければ、そのどちらかにつぶされる。老臣たちは、それがよくわか
っているために二虎の誕生を心配した。このふたりが争うたらと。殿にしてもわしに遠慮し、そなたをは
ばかっている。その時にそなたが不満であるといったらどうなると思う。殿は困り、おまえは殿のそばか
ら退けられると気づかぬか。そなたは殿を愛おしく思っているであろう。生まれた和子も愛おしいかろう」
「は、はい」
「ならばなおさら堪忍するのじゃ。二虎が相争うことを誰かがおそれ、和子の生命を狙うと思わぬか」
「松平党の中にはな、お家のためとあらば泣いて事を起こす忠僕どもが五指にあまる事実を知らぬか。
わしはな、そなたも無事、和子も無事、それで一族の和も傷つけぬこれが最良の方法と思うて計ろうた。
よいか殿を怨むな、老臣どもを怨むな。怨むならばこの父を、この父を怨んでくれ……」
その頃
於大の産室ではすでに父子の対面もすみ、選びだされた乳母もふたりついていた
ひとりは家臣 天野清左衛門の妻 お貞
もうひとりは、清水孫左衛門の妻 亀女
「頼もう。大久保新八郎、若君竹千代さまに年賀言上のため参上いたした、お取次ぎめされ」
「はーい。どうぞ、お通りを」
「黙らっしゃい」
「竹千代さまはご幼少とあなどって、ご都合も伺わず一存に計らうとは不届至極。そのほうの名は何と
申す」
「は、はい。亀女と申しまする」
「亀女か、めでたい名じゃ。名に免じて今日の不届は聞き流す。早々に若君のご都合を伺って参れ」
「は、はい」