ジェムケリーPART7at BOUHANジェムケリーPART7 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト708:備えあれば憂い名無し 06/11/28 22:30:08 FvPcGw5F0 (この有様は、ハリソン・フォードが主演した映画、”今、そこにある危機”に、生々しく描かれています。映画ではアメリカと麻薬マフィアとの戦いでしたが、実際は、そこにエメラルド利権と、 左翼革命軍も交えた四つ巴の戦いとが当時のコロンビアで進行していたのです。 私事になりますが、当時,私は中南米全域のビジネスを担当していて(麻薬でもエメラルドでもありませんでしたが) 隣国のパナマに駐在していました。コロンビアは重要市場の一つでしたから、ボゴタやメデジン,カリの市街は毎月訪れていましたので、当時の出来事は身をもって体験したのです。 もっとも当時のパナマも悪名高いノリエガ将軍の支配下にあり、米軍の侵略とその後の市街戦やら無政府状態での略奪やら、同じような戦争状態でありました) 資産十億ドルのカランサと年商数十億ドルの麻薬マフィアと,十分過ぎるほどの資金と重装備の武力とを持つグループの全面武力衝突が起これば国中が戦場となるのは必至でしたから (既に大統領府治安取締局や定期航空便の爆破等々、テロに巻き込まれて一般人の死傷者は続出していて、半ば戦争状態にありました)、コロンビア国中が騒然となりました。 しかし、まことに幸いな事に,彼らの対決はあっけなく幕を閉じ、最悪の事態には至りませんでした。 1989年12月に、政府の麻薬取り締まり部隊との銃撃戦でガチャは息子と共に射殺されたからです。 その後カルテルの首領、パブロ・エスコバルも逮捕されてメデジン・カルテルは崩壊しました。 もちろんその跡目は、もう一つの都市、カリの麻薬カルテルが継ぎましたが、彼らはエメラルドには興味を示さず、ようやくエメラルド鉱山を巡る争いに終止符が打たれました。 メデジン・カルテルの壊滅を機に、1990年7月、それまで反目していた、コロンビアの4大エメラルド鉱山主達との間にも和平協定が結ばれ、スペイン人の征服以来、 四世紀に及ぶコロンビアのエメラルドの血塗られた歴史にようやく平和な日々が訪れたのでした。 それ以来、ビクトール・カランサの主導でダイアモンドのデ・ビアスに倣った国際的なエメラルド取引センターの設立を目指してそれぞれ生産量で世界第2位のブラジルと第3位のザンビアとに働きかけを始めました。 公正なエメラルド品質の格付けと、取引の場の設立とによって、流血と犯罪と密輸等々、過去のエメラルドのイメージを払拭して宝石としてのエメラルドの地位を強固なものにしようとの意図でありましょう。 世界市場におけるコロンビアのエメラルドの独占的な立場を背景に,その試みは長期的には成功すると考えられます。それは また、消費者にとっても好ましいことであります。 何故なら、宝石そのものにまつわる,贋物や騙しの手口が横行し、またその流通や取引の不明瞭さは、他の宝石とは比べ物にならないのが、エメラルドの世界なのです。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch