ジェムケリーPART7at BOUHAN
ジェムケリーPART7 - 暇つぶし2ch708:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:30:08 FvPcGw5F0
 (この有様は、ハリソン・フォードが主演した映画、”今、そこにある危機”に、生々しく描かれています。映画ではアメリカと麻薬マフィアとの戦いでしたが、実際は、そこにエメラルド利権と、
左翼革命軍も交えた四つ巴の戦いとが当時のコロンビアで進行していたのです。 私事になりますが、当時,私は中南米全域のビジネスを担当していて(麻薬でもエメラルドでもありませんでしたが)
隣国のパナマに駐在していました。コロンビアは重要市場の一つでしたから、ボゴタやメデジン,カリの市街は毎月訪れていましたので、当時の出来事は身をもって体験したのです。 
もっとも当時のパナマも悪名高いノリエガ将軍の支配下にあり、米軍の侵略とその後の市街戦やら無政府状態での略奪やら、同じような戦争状態でありました)
 資産十億ドルのカランサと年商数十億ドルの麻薬マフィアと,十分過ぎるほどの資金と重装備の武力とを持つグループの全面武力衝突が起これば国中が戦場となるのは必至でしたから
(既に大統領府治安取締局や定期航空便の爆破等々、テロに巻き込まれて一般人の死傷者は続出していて、半ば戦争状態にありました)、コロンビア国中が騒然となりました。
 しかし、まことに幸いな事に,彼らの対決はあっけなく幕を閉じ、最悪の事態には至りませんでした。
 1989年12月に、政府の麻薬取り締まり部隊との銃撃戦でガチャは息子と共に射殺されたからです。 その後カルテルの首領、パブロ・エスコバルも逮捕されてメデジン・カルテルは崩壊しました。 
もちろんその跡目は、もう一つの都市、カリの麻薬カルテルが継ぎましたが、彼らはエメラルドには興味を示さず、ようやくエメラルド鉱山を巡る争いに終止符が打たれました。
 メデジン・カルテルの壊滅を機に、1990年7月、それまで反目していた、コロンビアの4大エメラルド鉱山主達との間にも和平協定が結ばれ、スペイン人の征服以来、
四世紀に及ぶコロンビアのエメラルドの血塗られた歴史にようやく平和な日々が訪れたのでした。 
 それ以来、ビクトール・カランサの主導でダイアモンドのデ・ビアスに倣った国際的なエメラルド取引センターの設立を目指してそれぞれ生産量で世界第2位のブラジルと第3位のザンビアとに働きかけを始めました。
 公正なエメラルド品質の格付けと、取引の場の設立とによって、流血と犯罪と密輸等々、過去のエメラルドのイメージを払拭して宝石としてのエメラルドの地位を強固なものにしようとの意図でありましょう。
 世界市場におけるコロンビアのエメラルドの独占的な立場を背景に,その試みは長期的には成功すると考えられます。それは
また、消費者にとっても好ましいことであります。
 何故なら、宝石そのものにまつわる,贋物や騙しの手口が横行し、またその流通や取引の不明瞭さは、他の宝石とは比べ物にならないのが、エメラルドの世界なのです。





709:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:32:14 FvPcGw5F0
エメラルドの買いつけと輸送

 採掘されたエメラルド原石の一部はムソーの町でのオークションにかけられますが、ムソーへの往復が命がけの仕事なのです。
というのも、首都ボゴタから鉱山へのルートは1990年頃に空港が出来るまではヘリコプターか険しい山道しかありませんでした。
 その山道にはしかし、行きは現金を,帰りはエメラルドを狙った強盗が待ち伏せしているのです。
 車での往復には武装護衛が不可欠ですが、強盗も大勢で武装しているわけですから,必ずしも安全とは限りません。 一人や二人の殺人など決してニュースにはならないのがアメリカ大陸(北も南も)ですが、
さすがに数十台の武装したジープのコンボイと強盗団との銃撃戦で10人の死者と大勢の負傷者が出たりすると、ボゴタではテレビのニュースや新聞で取り上げられます。 が、しかし現地では、あ、またかといった程度の反応です。
 輸送の途中だけではなく、鉱山にて豊富な鉱脈発見!といった情報が入ると,強盗団は直接鉱山町を襲撃する事もあります。
双方とも機関銃などで重装備していますから、壮絶な銃撃戦と死傷者が出ますが、こうした凶悪な事件が偶にどころか、年に数回起きているのがコロンビアのエメラルド鉱山を巡る現実なのです。



710:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:33:33 FvPcGw5F0
ボゴタでのエメラルド取引

 さて、こうして取引の中心である首都のボゴタに無事到着したエメラルドの原石はその先、二つの経路で流れて行きます。

1) 一つは、この宝石読本の第1章”美しき贋物達”で紹介した,ボゴタの中心地ヒメ‐ネス通り近辺の路上で毎朝開かれる闇市です。 
闇市というのは、ここに出まわるのはまず100%が前述のグワケーロや鉱夫,管理者などが盗掘したり掠め取ったり、奪ったりした原石や、それをカットしたエメラルド・ルースだからです。
 明らかに盗品の取引が白昼堂々と行われているのですが、警察が取り締まった事はかつて一度も無かったとの事です。


711:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:33:39 qdH2STsD0
大変やねぇ。

712:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:35:57 FvPcGw5F0
しかし、このヒメ‐ネス通りで取引される原石やルースの大半は低品質のエメラルドです。ここで良いエメラルドを求めても、合成品とか、あるいはダブレット、トリプレット,さらにガラスやプラスチックのような贋物をつかまされる危険性が大きいのです。

2) 次ぎはボゴタの中心地の高層ビル街にあるワールド・トレード・センターにて行われる高級エメラルドの取引です。 こちらは二重,三重の厳重なセキュリティー下にあり、世界のエメラルドのバイヤー専用の取引が行われます。



713:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:38:00 FvPcGw5F0
   日本に入ってくるエメラルドの大半はこのワールド・トレード・センターにて扱われている高級品です。
 日本の宝石取引の特徴は,高品質の宝石の比率が非常に高い事です。 とりわけエメラルドは、インドのマハラージャやトルコのスルタン達が所有していたような逸品と比べて大きさはともかく、少なくとも品質面では遜色の無い高級品が大半を占めています。 
欧米や、地元のコロンビアでさえ普通の宝石店で扱っているエメラルドの品質は日本のディスカウント・ショップでさえ扱わないような低い水準の石が殆どです。
 そして、このトレード・センターでカラット当たり4万ドルもする最上級のルースを買い漁っている日本人バイヤーには、いわゆる闇の世界の人々が存在しています。 彼らがこの世界に進出してきたのは,1980年頃からと言われています。 
今では,しかし,これら逸品ばかりを20年も扱っていれば、もはや立派なエメラルドの専門家と言って良いかと思いますが。
 何故,彼らがこの世界に進出してきたのか、詳細は次の項目にて。

714:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:41:03 FvPcGw5F0
エメラルドの輸出を巡る疑惑

 コロンビア産のエメラルドの大半は輸出されます。
そしてエメラルドの輸出の資料は奇妙なエメラルド取引を象徴する興味深いものです。  
少し古い資料ですが、1991年のコロンビアの輸出統計を見ると、数量では110万カラットの内、1位の米国の62%と2位の日本の26%とで88%を占めます。 
しかし総額1億5200万ドルの総輸出額の1位は日本で53%、2位は米国が24%と逆転します。日,米に次いで,順にパナマ、スイス,香港、ベルギー,オランダ領アンティル、イスラエルと妙な国々が続きます。
 率直なところ、これらの数字は日本を除いては余り信用できません。 何故なら同じ年のマイアミ税関のコロンビアからのエメラルドの輸入通関統計額だけでも,コロンビアの公式な対米輸出額の4倍に達しているのですから。
いくら日本が高級品志向と言っても、世界の需要の半分以上を占めるとは考えられません。
 (1990年の輸出統計では、総額1億1670万ドルの輸出の内、日本向けが9160万ドル、で、アメリカ向けが1600万ドルとなっています。
コロンビアのMineralco 発表。 1991年7月の Mining Magazine による)
 エメラルドの輸出については生産で世界2位のザンビアはさらに極端です。世界中にザンビア産のエメラルドが溢れていてますがそのほぼ全量が密輸されているのは公然の事実です。 
その相手国はスイス、ベルギー,イスラエルと、ここでも、コロンビアからの輸出国と同じ国々が姿をみせます。
 即ち,統計の数字の食い違いと、輸出相手国の顔ぶれからエメラルドを巡る脱税や資金洗浄の疑惑が浮かび上がります。
何故密輸出が横行するのか ? これは簡単です、コロンビアもザンビアもエメラルドは重要な産業で、
税収を確保するために輸出税をかけるという安易な手段をとっているためです。 恐らく国内の生産や取引を把握できないためでしょう。
 しかし、宝石くらい密輸が簡単な商品も無いわけで、結局まともに申告している日本への輸出がコロンビア政府の税収に大いに貢献している事になります。



715:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:43:00 FvPcGw5F0
 大市場でもないスイス,ベルギー,パナマ,香港、オランダ領アンティルといった国々が登場するのは,これらの国々がいずれも国際的なタックス・ヘイヴン(税の避難地)として悪名高い国々だからです。
 例えばアメリカの宝石商がコロンビアから10分の1の金額でパナマに一旦輸出すれば,輸出税を大幅に脱税できます。 そしてパナマからは実際より割高の金額で米国に輸出し、アメリカで見かけ上儲からない形でのビジネスを行えば,
アメリカでの所得税を大幅に節約する事が可能となり、しかもその差額は自国の税務当局の監視から逃れてパナマのオフ・ショア銀行に貯めておける。と、このような形態の利益操作や脱税が横行しています。
 といっても,こうした国々が国ぐるみで脱税や密輸に関与しているというわけではありませんが、銀行のシステムや税制が、合法的な資金洗浄や脱税の格好の舞台を提供しているためです。
 例えば、パナマはノリエガ将軍時代(~1989年)までは百数十の世界の銀行がオフ・ショア(政府の法律や規制を受けない)営業を展開していました。 オフ・ショアの営業では正常な資金も当然ですが、
併せて麻薬,脱税、密輸、汚職、資金洗浄等々、あらゆる犯罪関連の資金等とが混在して活況を呈していました。香港、オランダ領アンティルなども同様です。
 またスイスの場合、顧客の守秘義務を堅く守り、信用できる銀行が多数ありますから巨額の資金を預けるには格好の国です。加えて、時計や医薬品など付加価値の高い商品を生産し輸出しているお国柄のせいでしょう、
輸入品の関税はキロ当りいくらと言う重量税が基本です。 となると、小さくて価値の高い宝石の輸入には実質的に関税は無いも同然です。。
質実剛健なスイス人がエメラルド等大量に買う筈もありませんから,スイス経由で再輸出され、ここでも資金が洗浄されていると考えても不思議ではありません。
 ベルギーとイスラエル向けのエメラルドについては宝石研磨用と思われます。
 さて、日本向けの数字が信用できるとするのは、エメラルド取引に関わっているのが闇の世界の人々であるからです。
日本では宝石の原石やルースの輸入関税はゼロですから、僅かな消費税を敢えて脱税する必要はありません。
 即ち、カラット当たり4万ドルもの高級エメラルドを買い漁るための資金の出所が何処からかは知る由もありませんが、
エメラルドの輸入をきちんと申告し納税することにより、このビジネスが堂々たる正業となる事が重要なのです。
 日本では高級宝石店でも、店員が平然とアレキとか、エメ、ダイヤ等とまるでヤクザの事務所に迷い込んだような呼び方で、
予てから不審に思っていたのですが、コロンビアの高級エメラルドの取引から、なるほどと納得がいった次第でありました。
 宝石名はアレクサンドライト、エメラルド,ダイアモンドと、正しく、格調高く呼びたいものです。


716:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:44:36 FvPcGw5F0
厚化粧をしたエメラルド

  以上はエメラルドの採掘から,市場での流通までの事情です。唖然とするような実態ではありますが、しかし消費者には直接関係はありません。 次に述べるのは消費者にとって重大な、エメラルドの厚化粧の実態です。

 エメラルドには傷が付き物とは良く言われる事です。正確には傷というより、水滴や気泡、他の鉱物結晶等の包有物、あるいは結晶成長の際の転移による亀裂等を多く含むので傷の様に見えるのです。 
他の緑柱石結晶にも同様の現象はありますが,大きくて美しい結晶が相当量採れるため、傷などの部分を避けて、完全無欠な部分だけがカットされて市場に出回ります。
 一方エメラルドの場合は元々結晶が小さいため、完全無欠な部分だけをカットしていたのでは無駄が多過ぎて商品にならないため、敢えて傷があっても大目にみる、という事情があります。 ルビーや、赤いトルマリンのルベライトについても事情は同じです。
 許容するとはいえ,やはり傷は無いに越した事はありません。 そのために世界の殆どの産地で、オイリングと呼ばれる、カットされたエメラルドをバルサム油,シダー油等の植物油に浸して目立たなくする処理が行われています。
 具体的には、エメラルドの場合、カットした石の表面まで亀裂が達している例が多いので、その亀裂に油を浸潤させて目立たなくさせるものです。 この方法は11世紀頃には既に行われていた様ですが、写真の様にかなり効果があります。
そして1~2回の超音波洗浄くらいでは油が抜けたりはしない様ですが,しかし長年経てば油が蒸発してしまって元の状態に戻るか,あるいはもっとひどいことにもなりかねません。
 さらに下、右側の写真の場合は、一般にOpticonと呼ばれる,硬化材を添付した樹脂を浸潤させたエメラルドで,劇的な改善効果が得られます。 Opticon処理も油浸潤と同様に多少の超音波洗浄には耐久性がありますが,
一部の宝石店で行われている高圧,高温の蒸気による洗浄では浸潤した樹脂が抜け落ちて、元の亀裂が現れる場合があり得ます。



717:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:45:19 FvPcGw5F0
こうした処理によってエメラルドの外見は劇的に改善される例が多いのですが,問題はこのような処理が行われる事で低品質のエメラルドが高品質のエメラルドへと変身して,不当に高い値で売られる事態が起きている事です。
むしろ高値のエメラルドにこのような処理を施されたものが多いと断言しても良いでしょう。 そして大半の宝石店はこのような事実を判定できるだけの知識も経験もありませんし,当然の事ながらオイリングの事実が消費者に告知される事もありません。
 エメラルドの様にカラット当たり数千ドルから1万ドルを超える高価な宝石で,このような厚化粧処理品が不正に販売された場合に,消費者は莫大な損害を被りますが,現実にこのような不正が罷り通っていると判断せざるを得ません。
 エメラルドに限らず、オプティコン処理がされている宝石は強い光をあてると浸潤された亀裂の部分がオレンジや黄色、青の光を放つフラッシュ効果を現しますから、専門家なら識別が可能です。



718:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:46:45 FvPcGw5F0
   19世紀初頭、1823年のピエール・ベルチエ(Pierre Berthier)によるダイオプサイド(透輝石)の合成に始まる1500種にも及ぶ鉱物合成の試みがフランスの高等師範学校の科学アカデミーを中心に精力的な研究が続けられていました。 
 その成果は鉱物学の発展のみならず、セーブル,リモージュ等、世界的な陶磁器の製造にも大きな貢献を果たしていたのでした。
初めてエメラルドの合成に成功したのは1848年、エーベルマンのミリメートル単位の大きさの結晶でした。
 その後,エーベルマン、フレミー、ドゥヴィユ、ファイユと並んで鉱物合成の中心人物であったフランス科学アカデミー理学部教授のオートフォイユ(Hautefeuille)とペリー(Perrey)とによって,
1888年、ジルコンやフェナス石等、26種類の宝石鉱物と共にエメラルドの合成がフランス科学アカデミーの鉱物学会誌1890年第4号に報告されています。 
 コランダムも含め、当時試みられていた合成法は今日も行われている,タングステン酸塩、モリブデン酸塩、ヴァナジウム酸塩等のフラックス(溶融剤)法での合成でありました。
 左の写真の試験管に納められた合成エメラルド等の結晶はパリの鉱物博物館にて見ることが出来ます。

 既に宝石としてカット出来るほどの透明なルビーが1869年頃にはファイユによって合成されていました。
 しかしながらフラックス法では結晶の成長が遅く,長期間に及ぶ精密な温度調整が当時の技術では不可能であったため、宝石級結晶の大量生産には至りませんでした。 それが可能になるのは20世紀半ばのことでした。
良質のルビーの大量生産は1891年,フレミーの助手であったヴェルヌイユによる火炎溶融法によって初めて可能となりました。(宝石合成技術の詳細は宝石読本 ルビーとサファイア 5.合成ルビーとサファイアにて)

 しかし宝石としてカット出来るような大きく美しいエメラルドの結晶の合成への挑戦はさらに困難を極めました。
火炎溶融法ではエメラルドは溶けてガラスになってしまうためです。 またフラックス法でのエメラルドの結晶の成長はルビーよりもさらに遅いため、宝石級の大きく透明な結晶が難しかったのです。



719:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:48:40 FvPcGw5F0
 第一次世界大戦後の1911年、ドイツのイーゲー染料会社(第二次世界大戦後に解体されて今日のBASFやAGFAの母体となった世界有数の化学会社)にて 
エスピッヒ(Espig)とイェーガー(Jaeger)がエメラルド合成の研究を開始し、イグメラルドのブランドで1931~1942年に市販されました。 
 このエメラルドは、早速1934年に創刊されたばかりのアメリカ宝石学協会誌 ”Gems & Gemology ”の1935年7月号にて取り上げられています。 
品質は上質の天然品に匹敵したと言われています。上記の白黒の写真は同じく”G&G”誌の1938年夏号に掲載されたものですが、明らかにフラックス法の特徴である煙状の包有物が見られます。
 しかし当時の認識では,火炎溶融法とは異なる秘密の製法とのみ記載されています。
12ヶ月間の育成期間に結晶は最大2cmの大きさに成長し、カットされた石は長さが5mm,最大1.1カラットの大きさでした。
 恐らく今日各社から発売されている合成エメラルドと比べて遜色のない水準であったと思われます。
 しかし量産が困難で,コストが天然よりむしろ高くついた程で、市場へは浸透せず商業的には失敗であったとされています。 
1960年になって初めて、モリブデン酸リチウムの溶融剤によるフラックス法での合成であったと,製法が明らかにされました。
同じ時期にドイツのナッケン(Richard Nacken)教授からもI.G.ファルベン社とほぼ同じ内容のフラックス法エメラルドの製法のレポートが報告されましたが、
ナッケンのエメラルドもまた商業化には至りませんでした。



720:備えあれば憂い名無し
06/11/28 22:49:30 FvPcGw5F0
チャザムのエメラルドの登場

 1940年初頭に、アメリカの宝石市場に非常に美しいエメラルド流通し始めました。既にイーゲー社のイグメラルドが報告されていましたが、一部の専門家が知るのみで、このエメラルドが天然の最上級品と思われたに違いありません。 
しかしながら、天然には殆ど無い無傷のエメラルドが大量に(平均0.5~0.75ctの石が月3000~4000個)出回ったので、その素性が疑われ、宝石業界と宝石学会とで詳細な研究と報告が行われました。
 これこそはアメリカの化学者,キャロル・チャザム(Carroll Chatham)が1935年に開発に成功した合成エメラルドでありました。
永年にわたり、多くの学者やイーゲー染料のような世界有数の企業が挑戦して果たせなかった宝石用エメラルド合成の商業化が、ついに天才化学者の独力の研究によって果たされたのでした。



721:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:00:08 FvPcGw5F0
 チャザムの技術が如何に先進的であったかは、追随者のドイツ、ツェルファス(Zerfass)のエメラルドが1962年に出るまでに,
実に20年以上も遅れた事実からも明白です。またフランスのギルソン(Gilson)も15年の歳月をかけて1963年にようやく商業化にこぎ着けた程です。 
ベルギーのラン(Lens)は1966年に微細なエメラルドの合成に成功しましたが、レニックス(Lennix)として、宝石級の結晶を作り出す事が出来たのはようやく1982年のことです。
しかしレニックスのエメラルドは天然の下級品を思わせるほど大量のインクルージョンを含み、到底商品としての価値はありませんでした。
 こうした事実を鑑みると、チャザムの成功は驚異的な事件であったと言えましょう。
したがって、彼が自らの作品をわざわざ合成等と明言せず、単にエメラルドとして売った事実を非難するまでもないでしょう。
 自然の技に対抗して、同等のエメラルドの創造に成功した誇りこそあれ、世の中を欺くつもりなど毛頭無かったに違いありません。
 それは天然ではないにしても紛れも無く本物のエメラルドでしたから、市場で最高級のエメラルドとして受け入れられたのも無理はありません。 
しかしながら天然の最上品にしては余りにも量が多過ぎた事も事実です。供給が安定していたために、却って疑惑を呼んだのも当然の成り行きです。


722:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:03:04 FvPcGw5F0
フラックス法合成エメラルドの特徴

 その結果、チャザムのエメラルドは天然のエメラルドと比べると、比重と屈折率とがほんの少し小さく、また天然には見られないインクルージョン(包有物)を持つと言う特徴が明らかになり、天然との識別が可能となりました。
当時チャザム自身は製法を秘密にしていましたが、その特徴からフラックス法合成である事は明らかです。

 エメラルドは珪酸の4面体が6個リング状に配列され、それぞれが6面体配位のアルミニウムと4面体配位のベリリウムとによって結合されている環状珪酸塩鉱物に属しています。
このような結晶はリングの中が空いていて結晶軸の縦方向(C軸)沿いにトンネルのある構造となります。
 天然のエメラルドの場合にはこのトンネルの中に2.8%以下の水が存在し、またナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、カルシウムのような陽イオンが入ってきます。 
しかし酸化金属の溶融剤の中で成長するフラックス法合成エメラルドには水分が含まれませんので天然エメラルドの比重(2.68~2.75)と比べて2.60~2.70と少し低くなります。 
従って屈折率も天然の場合は1.571-593ですがフラックス法合成のそれは1.555-573と低くなります。
 また、天然には見られないフラックスが形成する固体の羽毛状、指紋状や、酸化ガスとフラックスの固体とからなる二相のインクルージョンが見られます。 
さらに坩堝の材料であるプラチナ片等が含まれている事が特徴で、肉眼や10倍程度のルーペでも識別が可能です。
 ただしこのような羽毛状のインクルージョンは同じ緑柱石のアクアマリンや、その他天然のルビーやサファイア、トパーズ等には普通に見られるものです。
 こうしてエメラルドが合成である事が明らかになりましたが、チャザムはCreated Emeraldとして、その後20年余りの間、独占的に合成エメラルドを供給し続けたのでした。



723:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:03:40 FvPcGw5F0
 合成エメラルドの成長には1年近い時間がかかり、また宝石としてカット出来るのは結晶の10%程度でしたから、供給量は極めて少なく、したがって合成とは言え、天然の同等品の3分の1程度の、相当な高い価格で取引されていました。
チャザム社はその成功により、後にルビー、サファイアへと手を広げ、今日ではエメラルド結晶を年間140万カラット(平均歩留まり13~14%)、ルビーを100万カラット(平均歩留まり7~20%)生産する宝石用の合成宝石では最大の企業となっています

724:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:05:22 FvPcGw5F0
  チャザムの後、追随者達がエメラルド合成を目指した事は既に述べたとおりです。少なくともエメラルド合成を目指す人々が、例えチャザムが秘密にしていたとしても、その特徴から、フラックス法が使われた事は容易に理解していたに違いありません。
 しかしながら世界有数の化学染料会社、イーゲー社さえもが30年余りの研究の果てに商業化には失敗した事実を振り返れば、合成が如何に困難であり、それを1930年代に独力で完成させたチャザムが如何に天才であったかは、
その後20余りの年月を市場を独占し続けたことからも明らかです。

 フラックスの材料はチャザムが酸化リチウムと酸化モリブデンを使っていると推定されていますが、その後の追随者もほぼ同様の材料と、酸化ヴァナジウム、酸化タングステン、酸化鉛等の混合物を使っています。 
しかしながらそれらの混合比率と、1年に及ぶ結晶成長期間の精密な温度調節とが結晶の成長を左右します。
 
 1962年にドイツのイダー・オーバーシュタインにてツェルファス(Zerfass)が、恐らくイーゲー社の技術を発展させてエメラルドの合成にようやく成功しましたが、殆ど市場には出回らなかったようです。
 1963年にフランスのギルソン(Gilson)が成功し、チャザムに次いで宝石市場に参入してきました。
ギルソンはその後トルコ石、オパール、ラピスラズリ、珊瑚等、主にセラミック系の宝石の合成を手がけて商品化しています。

 フラックス法による合成エメラルドは1962年にアメリカのゼネラル・テレフォン&エレクトロニクス社、1967年にアメリカのパーキン・エルマー社、
1968年に日立(株)の中央研究所と山梨大学、1973年に群馬大学と通産省の工業技術院、1975年には昭和電工と続きますが、これらはいずれもメーザー(レーザー)
の発振素子として、エレクトロニクスの分野での用途を目的に開発が行われました。 1990年代に入ってからも住友電工、住友鉱業等にて最先端技術用途のエメラルドの開発は続けられました


725:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:06:49 FvPcGw5F0
 宝石用途としては同じく京セラ社が1976年にクレサンベール・ブランドのエメラルドを発売し、1979年には合成水晶の大手メーカー、日本電波工業がサラマンドール・ブランドを、
1987年には諏訪精工舎がビジョレーヴ・ブランドのエメラルドを発表しましたが、京セラ社以外は日本市場でも、またアメリカの宝石フェア等にてもルースを見かける事がありません。
 恐らく直売されて宝飾品として流通しているのではないかと思われます。

 1982年にはロシアからフラックス法の合成エメラルドが現れ、香港とニューヨークに流通し始めました。 
ノヴォシビルスクにあるロシアの科学アカデミー地球物理研究所にて独自の技術により大型の結晶の成長が達成されました。 3~4ヶ月で10cmに達する結晶成長が可能となったと報告されています。
この研究所は1990年代にタイの宝石業者との合弁会社Tairus社を設立し、エメラルドの他にアレクサンドライト、ルビー、サファイア等の宝石用の合成結晶も製造販売を始めました。



726:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:08:06 FvPcGw5F0
チャザムのエメラルドが合成と識別されたのは天然のそれとは異なる条件での結晶成長による特徴を持っている為でした。
したがって、天然と同じ、熱水中でエメラルド結晶を成長させれば、理論的には天然と同じエメラルドが創れる筈です。

 エメラルド以外にもサファイア、トルマリン、トパーズ、水晶等々、主な宝石は熱水中で結晶が成長する例が多いのです。

 熱水法の開発は19世紀末から20世紀初頭にかけてイタリア、トリノ大学鉱物学教授のスペツィア(Spezia)が重要な研究を行いました :

  珪酸ナトリウムと塩の溶液と石英とを150気圧の高圧の密閉された容器に入れ、221℃~338℃の温度で長さ10mmの水晶の結晶を育成させる事に成功しました。
 1930年以降はドイツ、オランダ、イギリスでも水晶合成の実験が熱心に行われ、1950年代にはアメリカ等で水晶合成が工業化されました。 これらの水晶は宝石用ではなく、
大半はエレクトロニクス機器の発振素子に加工されます。

 熱水法によるエメラルドの合成の研究は前述のドイツのナッケン教授が1928年に着手しましたが、成功には至りませんでした。 
エメラルドの成長が水晶と比べて格段に遅く、また長期間には結晶内に不純物が増えて、不透明の結晶となってしまう等、宝石級結晶を得られなかったためでしょう。



727:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:10:58 FvPcGw5F0
レヒライトナーの熱水エメラルドのコーティング法

 しかし1957年にオーストリア、インスブルックのレヒライトナー(Lechleitner)が天然の色の薄いベリル結晶をカットしたものを熱水溶液の中に吊るし、
その周囲に0.5mmの厚さのエメラルドの結晶を成長させたものを発表し、1960年から市販を始めました。
 純粋な合成とは言えませんが、しかし見た目は全くエメラルドであります。 その後レヒライトナーは100%熱水法でエメラルドを合成することに成功しています。 
このコーティングの熱水エメラルドは、オーストリアの装飾用の鉛ガラス製品で知られるスワロフスキー社に採用され、一時は同社から、このエメラルドが発売されていました。
 ただし同社は後に、特殊なガラスのエメラルド類似品をスワログリーンとして販売を始めましたから、要注意です。



728:備えあれば憂い名無し
06/11/28 23:13:07 FvPcGw5F0
本格的な熱水法合成エメラルド

 本格的な熱水法の合成エメラルドの開発はアメリカのユニオン・カーバイド社の一部門、リンデ・エアー・プロダクツが1965年に塩酸と塩化アンモニウムの溶液中にて
エメラルドの合成に成功し、1970年まで製造され、”Quintessa”ブランドで発売されました。
 しかし結晶の成長が日に0.019~0.052mmと非常に遅く、大きな結晶が得られなかったため、この技術はVacume Venture社に譲られました。
ヴァキューム・ヴェンチャー社では大きな結晶の成長に成功し、リージェンシー(Regency)ブランドで熱水法によるエメラルドを発売しました。

 1979年にはロシアのノヴォシビルスクの研究所が熱水法でのエメラルドの量産化に成功して美しいエメラルドを発売しました。
ロシアの熱水法によるエメラルドはクロムではなく、鉄とヴァナジウムによる発色で、チェルシー・フィルターに反応せず、
フィルターを通しても赤くならずに緑色に見えると言う特徴があります。 これは後に発見されたブラジルの天然エメラルドと}同じ特徴です。
 また成長を早めるために、特別な種結晶のカットを行っており、そのために早く成長した結晶に光学的な歪が起きて上の写真に見られるような特異な雁木模様が肉眼でも認められると言う特徴があります。 
ただし、1995年頃からは新しい技術を開発し、最近の結晶には雁木模様は見られなくなっています。




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