09/06/19 20:14:54 uorwu1xD
★「桓檀古記~大国本震国本紀」
或いは、次のようにも云われている。依廬王は鮮卑の慕容鬼#に敗れ、
逃れて海に入り還らなかった。子弟は、走り、北沃沮を保った。明年、
子依羅が自立すると、慕容鬼#は又、国や人を侵し、掠めるので、
衆数千を率いて海を越え、倭人を定めて王となる。
遼西方面に勢力を張る鮮卑族の慕容鬼#ぼようかいは、大康6(285)年、
夫余を攻めて撃破し、夫余(扶余)王依廬を破る。明年、その子依羅立つが、
再び慕容鬼#に敗れる。
なんと、夫余(扶余)王依羅は、286年以降に衆数千を率いて海を越え
倭人を定めて王となったという。
URLリンク(homepage3.nifty.com)