08/05/15 01:06:16 MK3Zh67Z
>>456
まずは、先のレスにおいても様々な紹介、ご助言有難うございます。
ちょっと長文になりますが・・・
個人の思想・主義・主張というものは千差万別であり、それに対して正解・間違いの判断というものは難しいと思います。
それが正解であったのか?間違いなのか?それとも、そのどちらでもないのか?
そのことは後世の人間が判断することであり、現在という時間に生きる者が判断するのは困難と私は思います。
その事を了承していただいた上で、私の感想を述べさせていただくならば・・・
私個人としては、この方を受け入れることはできません。
>チベット問題は民族浄化・国家犯罪
この点に関しましては同意できるものが有ります。
ただ、この2つはあくまでも「行動」であると思います。
では、この行動によって、もたらされているものは一体何なのか?
と考えると「チベットにおける人権問題」という現象が起こっているのではないでしょうか?
はっきり言わせて頂きます。
チベット問題は人権問題です。もっと言うならば人としての存在の問題であると思います。
その問題に気づき行動している方々、それが現在フリーチベットを叫んでいる人々だと私は考えています。
そのような行動を起こす人々を罵倒する権利が誰にあるのですか?
自らの主義・主張にそわない者を、罵倒を持って臨む行動に私は共感はできません。
この方はチベットの独立を訴えていらっしゃいましたが、私の活動はチベットを独立させることが目的では有りません。
あくまでチベットの方々が、チベット人の人命・人権の保護、思想・信仰の自由、彼らが独自の文化を保有する権利を持つこと、を訴えていければと思い行動しています。
このテーマは、現在のチベット亡命政府の最高指導者であるダライ・ラマ氏のメッセージに沿うものであると考えます。
勿論、ダライ・ラマ氏を含めチベットの方々の心には、独立を願う心が有るのかもしれません。
ただ、表明されていないことを、私達が勝手に判断するのもどうかと私は思います。
だからこそ、彼らが現在表明し訴えていることを、私は一人でも多くの方に知って頂けるよう行動しています。
行動は手段であり、目的ではないと私は思います。
今回のチベット問題、本当に様々な活動が行われています。
その活動方法はそれぞれ異なってはいます。
活動内容によって、即効性の高いもの、低いもの、目に見えるもの、見えないものそれぞれでしょう。
しかし、皆さんそれぞれが、目的に向かって必死に行動されているのです。
その行動を誹謗中傷する権利は、おそらく誰も有していないと私は思います。
以上の事は、あくまで私自身の考えです。
人それぞれ、考えに異なる所はあるでしょう。
一緒に活動させて頂いたメンバーに関しても、違うところは有ると思います。
しかし、全てでは無くても共通する部分も有ったからこそ、一緒に活動ができたのだと思います。
>>456さん
あなたがどのようにお考えになるかは、あなたの自由です。
あなた自身が考えて出した信念に従って活動頂ければと思います。
行動することで、きっと何らかの結果がでるはずですから。
その先にある目的が、共通するものであれば幸いです。
もし、文中に失礼が有ったならばお詫び申し上げます。
長文まことに申し訳ありません。