08/07/31 12:58:18 FT/e3TGu
964 名前:7/26[sage] 投稿日:2008/07/29(火) 00:39:12 ID:C28TYnH/
/ 凸 鶴岡 /∨ 4%
│ 仙台 凸│
/ .│ 5%
/ /
/ 凸 米沢 │ 6%
. /□ 新潟 . \
/ . 薬軍 │ 7%
/------------------------×-- 凸 -------│
/ 会津若松 凸 二本松 │ 8%
/ ∬ │
長岡 凸 . ↑花火藩 │ 9%
江原藩↑. ∬ . │
男前藩↑. 凸 白河 / 10%
/
凸 飯山 │ 11%
│
△ 日光 / 12%
. │
凸 宇都宮 │ 14%
. │
梁田 □ │ 16%
↓ △ 筑波 │
↓ \ 18%
流木津藩↓ .←┘参摩藩 ..\
凸 甲府 > 20%
江戸 凸 ∩ /
郷土防衛のため、野球守護職・江鵺壱家は15~18歳の子弟を白虎隊として編成、
炎天下の戦線へ送り出すことを決断する。
薬軍もまた、若い将たちに率いられる流木津藩に攻撃を一任。
薬軍本隊こそ二岡智宏の戦線復帰の甲斐なく、花火藩らの攻撃の前に多大な損害を受けるが、
横浜奉行・井上弘の支援をうけた流木津藩は参摩藩の防衛線を突破、
江戸城付近まで迫る快進撃を見せる。
しかし補給の切れた流木津藩はここで降服、兵の身柄は恋空藩に預けられることになった。
そのころ、薬府五輪隊の創設に協力してきた米国人外交官シラーが、
五輪隊の運用にかかわる条約を一方的に改定する。
作戦の変更を迫られる指揮官の星野仙一をはじめ、多くの薬軍首脳が反発するが、
実はこの条約改定は甘奉行の松田昌士の提案であったことが発覚する。