09/05/25 17:54:39 heSJjW37
>>155
車はゆっくりと進んでいる。車上には孔子が静かにすわっていた。
泰山(山東省泰安県の北)がひときわ高く聳え、あたりはしんかんとしていた。
一行はふと、婦人の泣き声が静寂を破って伝わって来るのを聞いた。
その声は前方のお墓のある所から聞こえるらしい。孔子もはっとわれに返ったかのように、身を起して耳を傾けた。車は心持ち早くなった。
確かに婦人は道のかたわらにある、三つの粗末なお墓を前にして泣いていた。その声は悲痛な叫びにも似て、切々と人の胸を打つものがあっ
た。慈悲深い孔子はそのまま過ぎ去ることができず、車前の横木に身を寄せて婦人に敬意を表してから、弟子の子路をやってこう尋ねさせた。
「どうしてそんなにお泣きになるのです?
何度も悲しいことがあったようですね。」
婦人は驚いて顔を上げたが、そのやさしい言葉に幾らか救われたらしかった。
「そうです。この辺は本当に恐ろしい所なんですわ。
昔私の舅に当る人は虎に食われて死にましたが、
続いて私の夫が殺され、
今度は私の子供がたべられてしまいました。」
「そんな恐ろしい所をどうして離れないのですか?」
「いいえ、この土地に住んでさえいますなら、
酷たらしく租税を取り立てられるような心配がございませんの。」
孔子はこの言葉を聞いてすっかり感じ入り、お供の門人達に言った。
「よく覚えておきなさい、『苛政は虎よりも猛し』ということを。」