コミンテルンと大東亜戦争【田母神閣下支持】at MASS
コミンテルンと大東亜戦争【田母神閣下支持】 - 暇つぶし2ch708:文責・名無しさん
09/09/26 14:06:39 HqLze+9r0
疑惑の銃弾(廬溝橋事件の黒幕)
日本軍・国民党軍双方に銃撃を加えたのは、一体、何者だったのか。

(1)日本軍謀略説
 廬溝橋事件は中国侵略をたくらむ日本陸軍がしくんだ謀略だという説がこれまで一般的な説明であった。これに対して、

○当時の日本軍の総兵力は、国内国外あわせて25万、これに対する中国軍総兵力は、220万で、いくら日本の軍人が中国軍を見くびっていたとしても、
兵力の違いが大きすぎはしないか。
○日本軍は実弾を携行せずに演習をしていた。駐屯軍参謀長橋本群・陸軍中将は当時の状況を、「実弾を持たずに発砲されたため、応戦できず、非常に危険な状況におかれた」と証言している。
「丸腰」で演習していた日本軍が、果たして本当に、「武装」している国民党軍と事を構えたいと思ったのか。
○「廬溝橋事件」後に日本は現地解決・戦線不拡大方針を表明し、国民党軍との間に停戦協定を成立させている。このことは日本軍がそれ以上事を荒立てたくはないと考えていたからではないのか。
○その後、日本は膨大な地域を占領したが、領土要求はしていない。占領地は汪兆明政権の領土となり、そこでは治外法権も撤廃されている。
○現地で一旦は解決がはかられた廬溝橋事件の3週間後、さらなる大事件が起こった。中国軍が日本人民間人200名余りを虐殺した「通州事件」とも”通州大虐殺”とも呼ばれる事件である。
 当時、通州には「廬溝橋事件」の余波で避難していた婦女子などの日本人居留民、軍人等200余人が住んでいた。日本の守備隊の主力が町を離れたところへ中国軍千数百名が襲撃した。中国軍は日本軍守備隊を全滅させ、住宅に火を放ち、女性には暴行を加えたうえで殺害、
子供は両手・両足を切断、男性には首に縄を巻きつけ引き回した。当然、日本の世論は「支那を撃つべし!」と沸騰した。しかし、この時も日本軍は耐えて動かなかった。

などの状況証拠があり、この説は結構疑わしい。



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