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【産経抄】12月18日
南太平洋で日本軍と死闘を繰り広げ、大勢の部下を亡くしたこともあって、日本人が大嫌い。
そんな米国人が1950年、日本に初めてやってきた。ホテル暮らしの慰みにと、花屋で求めた
花をコップに入れていたら、次の日には、花瓶に移されている。その後も時々新鮮な花が加えてあった。
▼フロントに問い合わせると、部屋係のメードが、自費でやってくれていたことがわかった。戦争
で夫を失った小柄な婦人だったという。この小さな出来事がきっかけとなり、日本人のことをもっと知
りたいと思うようになる。『海の友情』(中公新書)にあるエピソードだ。
▼アメリカ人の名前は、イージス艦の艦名のひとつにもなっている、アーレイ・バーク。著者の阿
川尚之さんは、のちに米海軍トップの作戦部長に上り詰めるバークら、戦後、海上自衛隊の創設
のために尽くした日米の関係者の友情と信頼を描き出している。
▼その信頼にひびが入りかねない出来事が今年は相次いだ。インド洋で海上自衛隊が行ってきた
各国艦船への給油活動が打ち切られ、テロとの戦いから脱落した。装備品の調達をめぐる元防衛官
僚トップのスキャンダルもあった。
▼極めつきが、米国から提供されたイージス艦情報の漏洩(ろうえい)事件だった。10以上の目標
を同時に撃ち落とせるという能力の秘密が、第三国に渡るようなことになれば、安全保障上の脅威に
つながる。米国が神経質になるのも当然だ。
▼96年の元日に、94歳で世を去ったバークの遺体の胸には、遺言によって日本政府から贈られた
勲一等旭日大綬章だけが着けられた。米海軍と海上自衛隊の絆(きずな)こそが、太平洋の平穏を守
ると信じて疑わなかった伝説の大将は、今ごろ天国で、頭を抱えているかもしれない。