09/07/02 21:06:33
【テンプレ6】
御本尊の授与書きは日興上人が『所賜の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり』
と仰せのように、授与を受けた人が強盛な信心を貫いてきた功績を称賛する意義がある
だが、その授与書きは御本尊の本体に属するものではなく、御本尊の力用とは何の関係もない
日顕自身も弘安以降に書かれた大聖人御真筆の御本尊において、授与書きがない例が二割近くあることを認め
授与書きが御本尊の本体に属さないことを自ら表明している
創価の御本尊は御本尊の本体部分だけを御形木にしたものである
淨圓寺所蔵の御真筆には一切手を加えていない
逆に正宗の寺にある御本尊の、脇書きにある願主名を削る、漆で塗り潰す等
日達上人らの心を踏みにじっているのは、どう説明するのであろうか
かつて御本尊は末寺から発行され法主の開眼はなかった
法主による開眼など御書には書かれていない
学会が草創期に授与を受けていた日寛上人の御形木御本尊は、池袋の法堂院で印刷し、そこから直接受け取っていた
法主による開眼など全く行われていなかったのである
学会の本尊を偽と言う事は、戦前から大石寺が授与してきた本尊が偽と言う事と同じである
【以上テンプレ】