08/06/06 01:34:58 8ID85KIP
>>704 (続き) その2
例えば、風邪を引いて風邪薬を飲んだら効いて楽になったとします。
それを、
それは風邪ク薬の神の功徳だよ、良かったね
風邪薬の神様にお参りして供養しないと
バチが当たるよ、神社に行っとこうね
と教えているのが日蓮教だと行っているのです。これと全く同じことを
しているのです。
薬品を飲めばそれで風邪は治る場合が多いわけですが、誰もそれで
風邪薬の神様などを崇めたりしません。その薬はそういう理由で効いた
からではないと誰でも知っているからですね。
日蓮の題目行もこれと同じですね、お題目はあくまでも物理的な効果
で効いているのです。それをはっきりしれば、そこに勝手にくっつけた
宗教的観念とは別のことだと知ることができます。
つまり、日蓮はただ勘違いしただけだといえるわけです。
しかし、元々の仏教はそういうことを言っていたわけではないわけです。
日蓮の勘違いがただそういうものであったというだけのことにすぎません。
日蓮の勘違いを明らかにしたからと言って仏教がすべて否定されたの
ではないのです。それとはもともと独立したものだったからですね。